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山本美希『ハウアーユー?』、「複雑な現実」を生きる女と少女の物語

18/09/2014

 

山本美希の描き下ろし単行本『ハウアーユー?』(祥伝社)が9月8日に上梓された。

 

山本は筑波大学在学中の2009年、卒業制作『爆弾とリボン』で「MITSUBISHI SHEMICAL JUNIOR DESIGHNER AWARD 2009」日比野克彦賞を受賞。後に本書をもとにした『爆弾にリボン』(三才ブックス)で単行本デビューし、言葉を廃した“無声漫画”という独特の表現手法が話題を呼んだ。

また、2013年には『モーニング』誌上にて不定期連載された『Sunny Sunny Ann!』(講談社)で第17回手塚治虫文化賞「新生賞」を受賞するなど、今後の活躍が最も期待される漫画家の一人である。

 

そんな山本が三年の歳月をかけて描き下ろしたという全編336ページにわたる最新作が『ハウアーユー?』だ。

本作は細やかな人物描写や映画的ともいえる表現技法で、読み手に大きな衝撃を与える作品に仕上がっている。

 

 

作品概要

 

魅力的な異国人の奥様、家庭思いのご主人、かわいい一人娘。 花咲く庭を眺めながら、夫婦仲良く縁側で過ごす完璧な休日。 しかしある日、夫は何も告げずに失踪してしまう―――

拠り所を失い、美しいまま壊れていく異国人妻の姿を、 隣家に住む思春期真っ只中の女子中学生のまなざしで描く。

出典:『ハウアーユー?』特設サイト( http://www.shodensha.co.jp/hay/ )

 

 

「理想の家庭」に潜む不穏さ

 

本作では女子中学生・ツミの視点から、隣家の異国人妻・リサの姿が描かれる。

ツミにとってリサは、優しくておしゃれでキレイな外国人女性で憧れの存在だ。

家の庭には花々が鮮やかに咲き誇り、庭の手入れをするリサ、家族思いの夫、可愛い一人娘の姿を見てはいつも羨ましく思っていた。

 

そんなある日、リサの夫が突然の失踪を遂げる。

何日も帰ってこない夫。リサは思い当たる知人に片っ端から電話をかけるが有力な情報は得られない。ついには警察にも出向くが、まともに取り合ってはもらえない。

リサの目の下にはクマができ、娘との食事も次第に質素なものになっていく。

 

そうした状況でも、娘やツミ、ご近所にはなんとか自然体で振る舞おうと心がける。

しかし無情にも、日を増すごとにリサの精神は崩壊していく。

その様子は非常に凄惨なものだが、作者の表現の巧みさや画の力も相まってページをめくる手は不思議と加速する。

 

ツミはリサの一家を「理想の家庭」として羨んでいたが、そんな「理想の家庭」としての一家の姿は、ツミの視点からのものでしかない。

今回は夫の失踪というただならぬ事態によって、リサの異変が周囲にも発覚することになるが、そこに至るまでには決して「理想」とはいえない一家の側面があったはずだろうし、多かれ少なかれそれはどの家庭にもある。

そうした一見すると「理想の家庭」に見えるものに潜む「不穏さ」のようなものは、本作においても随所で示唆されている。だが、ほとんど明示的には語られない。

 

本作はリサに対して最も憧れを抱いていたであろうツミの視点で物語が進行するからこそ、「理想の家庭」から堕ちていくリサの姿をより強烈に描写することができているのだろう。

ツミも単なるオブザーバーとしてではなく、物語が進むにつれ、リサに積極的に関わっていくことになる。彼女のリサに対する行為には善意しかないが、「ツミ」という愛称(本名はナツミ)は示唆的だ。

 

 

異国に住む不安

 

僕の伯父さんはフィリピン人の女性と国際結婚をしている。

十数年前、僕が中学生だった頃の話だ。結婚前の伯父さん夫婦がフィリピンの両親に挨拶を済ませて帰国した後、そのまま東京にある僕の実家に招いたことがあった。

新婦にはそのとき初めて会ったのだが、結婚前にも関わらず、その時の不安そうな顔がいまでも忘れられない。

 

当時、彼女はまだ日本語などまったく喋れない。

旅の疲れもあっただろうが、言葉も通じない異国の地に住まう不安は計り知れないものだったのだろう。

ちなみに、いまでは日本語も流暢な上に、小学校4年生の男の子と2年生の女の子がいる。二人とも凄まじい快活ぶりを発揮している。

 

本作のリサもまた、日本で暮らすと決めた際には相当な不安があったに違いない。

それを一番支えてくれたのは他ならぬ夫の存在だろう。

その夫の失踪に端を発して、リサは普通の生活を送ることができなくなってしまう。

外国人であれば、日本で暮らす際に社会制度や言語の問題などで不利益を被ることも少なくないだろう。

一番の拠り所がいなくなったことで、「キレイな奥さん」としてのアイデンティティも崩壊していく。

 

 

善意は必ずしも良い結果には結びつかない

 

先述したように、この状況に至るまでにはツミから見た「理想」とは程遠い「現実」が多分に存在していたことは想像に固くないし、それは作中でもほのめかされる。

悪気はなくとも、ちょっとした「手違い」で歯車が狂い始めることはよくあることだろう。

一つ一つは取るに足らない出来事だった。それが溜まりに溜まって、良くない結果を引き起こしてしまった。

 

これに関して、作中である人物が発するセリフが印象的だ。

 

「極悪人は誰も出てこない それでも 生きていけなくなるときがあるんだよ」

(山本美希『ハウアーユー?』 p. 311)

 

皆が善人だったとしても、現実にはすべてうまくいくことなど誰も保証できない。

物語の後半では、ツミがリサに元気を出してもらおうと思ってした「ある行為」が、物語を大きく転回させる。彼女の行為もまた、一切の悪意は感じられない。

 

物事はそんなに単純なものではない。

世の中のたいていのことに関して、原因は一つではない。

この作品は、そんな「単純さ」を排し、複雑なものを複雑に描くことに成功している。

「現実は複雑で生きにくいものだ」。そんな言葉を突きつけられているような気がして、読後にはさまざまなことを考えさせられる。そんな作品だ。

 

もしいまここで、「ハウアーユー?」と尋ねられても、「ファイン、センキュー」などと、僕は単純には言えないだろう。

 

 

おわりに

 

本書の末尾には、この手の作品には珍しい作者による作品解説が収録されている。作者いわく、「映画のDVD特典によくあるコメンタリー風に」してみたかったとのこと。

この解説を読むと、コマの構図や人物の配置など、いかに見せ方が緻密に計算されているのかがよくわかる。本作をより深く味わうことのできる内容になっている。

だが一方で、改めて本作を読み返してみると、意図された表現を越えた作品単体の力の存在も浮き彫りになる。「漫画」という表現の「底知れなさ」をこれでもかと感じさせられる作品だ。

 

現在、祥伝社の特設サイトでは、本作の第一章を丸ごと48ページ分試し読みすることができる。気になった方はぜひ一度訪れてみるといいだろう。

 

 

レファレンス

『ハウアーユー?』特設サイト

『ハウアーユー?』Amazon商品ページ

 

 

(ライター・倉住亮多

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