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動物漫画としての『寄生獣』〜のけものにされた「ケモノ」たち〜【後編】

23/07/2014

 

 

前編:動物漫画としての『寄生獣』〜のけものにされた「ケモノ」たち〜【前編】

中編:動物漫画としての『寄生獣』〜のけものにされた「ケモノ」たち〜【中編】

 

 

※今回の記事には本作の最終話に関する言及があります。言及箇所の直前で再度アナウンスがありますが、未読の方はご注意ください。

 

 

年内の実写映画公開、テレビアニメ化も決定している岩明均氏による名作SF漫画『寄生獣』。本作を「動物漫画」として、動物たちに寄り添って読み解いていこうというこの企画も今回で最終回です。

 

前回までは『寄生獣(完全版)』第1巻に登場する動物たち――「パラサイト犬」、「ネコ」、「ライオン」――を取り上げました。後編ではお待ちかね、『寄生獣(完全版)』第3巻に登場し、本作全体を通して非常に重要な役割を担っている動物「子イヌ」をご紹介いたしましょう。

 

 

【動物その4】子イヌ

 

 

モノローグ中に登場する子イヌ(岩明均『寄生獣(完全版)』第8巻 p.252)

モノローグ中に登場する子イヌ(岩明均『寄生獣(完全版)』第8巻 p.252)

 

『寄生獣(完全版)』第3巻に登場する動物がこの「子イヌ」です。上の画像では元気な姿を見せていますが、実際には極めて悲惨な姿で登場します。伊豆での戦い(『寄生獣(完全版)』第2巻参照)を終えた新一は、ミギーの細胞を全身に取り込んだ影響で、以前にも増して常人を超えた感覚を身につけ、内面に関しても野性味あふれる性格に変貌しています(髪型もオールバックにしている)。そんな新一がガールフレンドの里美と登校途中、どこからともなく助けを乞う声を聞きつけて発見したのがこの子イヌでした。交通量の多い道路の真ん中で、血を流して横たわった状態で発見されます。

 

子イヌは瀕死の状態で、あと10分ももたないだろうとミギーは判断。新一は少しでも落ち着いた場所で最期を過ごさせてやろうと子イヌを抱えて公園のベンチに腰を下ろします。伊豆からの帰還後、新一のただならぬ変化を感じ取っていた里美も、その新一の優しさに安堵します。

 

そしてまもなく子イヌは死んでしまうのですが、次の瞬間、新一は驚くべき行動を取るのです。

 

 

死んだ子イヌをゴミ箱に捨てる新一(岩明均『寄生獣(完全版)』第3巻 p.19)

死んだ子イヌをゴミ箱に捨てる新一(岩明均『寄生獣(完全版)』第3巻 p.19)

 

この新一の行動には里美もわれわれ読者も驚きを禁じえません。実に自然に、当然のように子イヌの亡骸をゴミ箱に捨てる新一。里美は新一を激しく非難しますが、新一は何がいけないのか理解していない様子です(「清掃の人がこまるかな?」との発言も飛び出す始末)。そして新一の口からは次のような言葉が。

 

「もう死んだんだよ……死んだイヌはイヌじゃない イヌの形をした肉だ」(岩明均『寄生獣(完全版)』第3巻 p.20)

 

『寄生獣(完全版)』第3巻の表紙にも記述されている非常にショッキングなこのセリフ。新一の「変化」の様子は作中で何度か描かれていましたが、この発言で加速したように感じます。

 

泣きながら走り去ってしまう里美。新一は未だに自分の過ちに気づかず、それを思わずパラサイトであるミギーに質問するのです。

 

「『イヌの形をした肉』なんてセリフ……むしろ わたしが使いそうな表現だ」(岩明均『寄生獣(完全版)』第3巻 p.23)

 

このミギーの答えに新一はショックを受け、しばらく考えた後、ようやく事態を把握したように立ち上がります。そして新一は、子イヌを公園の樹の根元へ埋めるのです。

 

 

新一の「目」

 

中編でご紹介した「ネコ」のエピソードでもありましたが、本作での「目」の描写は、作品に深みを与えるためにたいへん重要な役割を果たしていると言えます。先ほどご紹介した新一の発言における場面を見てみましょう。明らかに人間の目つきではありません。このコマだけ取り出して見たら決して主人公だとは思えませんね。

 

 

冷酷なセリフを吐く新一(岩明均『寄生獣(完全版)』第3巻 p.20)

冷酷なセリフを吐く新一(岩明均『寄生獣(完全版)』第3巻 p.20)

 

 

最強のパラサイト「後藤」(岩明均『寄生獣(完全版)』第7巻 p.152)

最強のパラサイト「後藤」(岩明均『寄生獣(完全版)』第7巻 p.152)

 

後に登場する本作における最強のパラサイト「後藤」の一コマと比べてみましょう。非常に似ていますよね。新一が「こちら側」ではなく「あちら側」に行ってしまうのではないかという不安を抱かせる効果を「目」の描写が巧みに演出しているように思います。

 

作者の岩明均氏はアシスタントを一切使わないそうです。そのためか、『寄生獣』においても背景が非常にシンプルで、場面によってはほとんど真っ白だったりします。一方で「目」の描写には力を入れている。筆者は絵に関しての知識は皆無ですが、『寄生獣』は他の漫画作品と比べて決して絵が上手いとはいえないものの、「目」の描き方には細心の注意が払われているように感じます。こういった目の描写があるからこそ、われわれ読者は新一が人間の感情を失っていくにつれて、つらく感じながらも作品に没入していくのでしょう。

 

 

サブタイトル問題

 

この第18話のサブタイトルは「人間」です。新一が人間らしい感情を徐々に失っていることを示す描写がなされているこのエピソードのサブタイトルが「人間」。なんとも皮肉が効いています。

 

ちなみに『寄生獣(完全版)』第3巻のサブタイトルは、「人間」の他に、「島田秀雄」「兆し」「観察」「亀裂」「混乱と殺戮」「一撃」「波紋」とほぼ一単語。他の巻でもほとんど同様で、非常にシンプルなサブタイトルになっているのが特徴です。サブタイトルにあまり工夫が見られないとも言えますが、この第18話のように、短いがゆえに、作品をより味わい深く演出するような回も存在します。そしてそんなサブタイトルのなかでも最も印象的なものが、本作における最終話「きみ」でしょう。

 

 

※以下の文章中には本作の最終話に関する言及があります。未読の方はご注意ください。

 

 

「きみ」と「子イヌ」

 

最終話の「きみ」では、最強のパラサイト「後藤」との戦いから一年後の様子が描かれます。新一は浪人生(パラサイトと戦ってたからしょうがない)、里美は大学生になっています。後藤との戦いの後、「外面の活動を停止する」と言い残して長い眠りについたミギー。彼のいないなか、新一たちは平穏な暮らしを続けていました。

 

しかしある日、新一と里美の前に、パラサイトを見破る能力を持つ殺人鬼・浦上が姿を現します。浦上は里美を人質にとり、新一にパラサイトの細胞が混ざっていることを里美の前でほのめかします。新一が里美に駆け寄ろうとした瞬間、浦上は里美をビルの屋上から突き落とすのです。常人離れした身体能力で浦上を殴り倒し、同時にビルから落下しようとする里美を助けようとする新一。しかしあと一歩のところで手が届かず、里美は落下してしまうのです。その後、モノローグが流れます。

 

 

最終話のモノローグ中に現れる子イヌ(岩明均『寄生獣(完全版)』第8巻 p.252)

最終話のモノローグ中に現れる子イヌ(岩明均『寄生獣(完全版)』第8巻 p.252)

 

ここで第18話の子イヌが登場するのです。そしてモノローグに、いなくなったはずのミギーが登場。

 

「そりゃ人間がそれだけヒマな動物だからさ だがな それこそが人間の最大の取り柄なんだ 心に余裕(ヒマ)がある生物 なんとすばらしい!! だからなあ…… いつまでもメソメソしてるんじゃない 疲れるから自分で持ちな」(岩明均『寄生獣(完全版)』第8巻 pp.252-253)

 

新一が気がつくと、落下したはずの里美を新一の右手が掴んでいました。ビルの屋上で二人は寄り添い、新一は語りかけます。

 

「きみはいつかの…………死んだ子イヌのこと覚えてる……? おれがゴミ箱に捨てて…… ずっと言うのを忘れてたけど……あのあと少し考えてから樹の根元へ……埋め直したんだ」(岩明均『寄生獣(完全版)』第8巻 p.257)

 

里美はこう答えます。

 

「知ってるよ…………それは新一くん…………きみが新一くんだから…………」(岩明均『寄生獣(完全版)』第8巻 pp.257-258)

 

里美は新一のちょっとした「変化」を感じる度、これまで何度も「きみ……泉新一くん………だよね?」という発言をしてきました。しかし最終話では違います。たとえ新一にパラサイトが寄生していたとしても、「きみ」は「きみ」であると里美は結論づけました。里美が本当に、子イヌを埋め直したことを知っていたかどうかはわかりませんが、子イヌのエピソード(第18話)は、最終話(第64話)でようやく完成を向かえました。

 

 

「寄生獣」とは人間か?

 

人間を憎む東福山市長の広川が「人間どもこそ地球を蝕む寄生虫!! いや……寄生獣か」(岩明均『寄生獣(完全版)』第7巻 p.187)と演説をする印象的なシーンがあります(「寄生獣」という表現が登場するのは作中ではこの一言のみ)。このシーンを根拠に、これが作者の意見であり、本作のタイトルである「寄生獣」=「人間」であるとする見解もよく目にしますが、作者はそれに関しては肯定も否定もしていません。

 

「あれは私ではなく広川さんの意見です。しかし『寄生獣』は人間のことかもしれません。と言うより生物は全部地球に寄生してるんじゃないでしょうか」(岩明均『寄生獣(完全版)』第8巻 p.261)

 

また、最終話の直前、第63話で新一はこんな言葉をつぶやいています。

 

「他の生き物を守るのは人間自身がさびしいからだ 環境を守るのは人間自身が滅びたくないから 人間の心には人間個人の満足があるだけなんだ でもそれでいいしそれがすべてだと思う 人間の物差しを使って人間自身を蔑んでみたって意味が無い」(岩明均『寄生獣(完全版)』第8巻 p.212)

 

動物視点でものごとを観察すると、ついつい「人間こそが地球を蝕む悪だ」という思考になりがちですし、そういう作品も数多くあります。しかし、本作は決してそうではありません。『寄生獣』では、動物を通じて、「人間のすばらしさ」を表現することができている稀有な作品なのだと思います。

 

 

おわりに

 

三部作でお送りしてきた本企画、いかがだったでしょうか。悲しいことに、今回ご紹介した動物たちのなかで無事生還したのは「ネコ」だけ。作中で数多く描かれる殺戮シーンよりも、動物たちが虐げられている場面の方が、読んでいて胸を締め付けられますよね。ですが、彼らの存在によって物語は大きく展開し、作品全体の深みを増していることを今回しっかりと感じ取っていただけたのではないでしょうか。読む人によって何通りもの解釈ができる名作漫画『寄生獣』。あなたはどう読み解きますか?

 

 

今回ご紹介した動物たちがごっそりカットされてそうな実写映画版『寄生獣』は、11月29日公開!

 

 

(本文・倉住亮多

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