DSC03180

「○○の秋」を満喫したいなら美術ミステリーを読め!『楽園のカンヴァス』レビュー

14/11/2014

 

東京では、葉が色づいて散り始めた。もうじき次の季節がやってきそうだ。
とはいえ、まあ肌寒い日もあるけれど、まだまだすごしやすい秋の気候。
週末は何をしてすごそう?
秋といえば、「スポーツ」か…いや「読書」もある…待てよ「芸術」にするか…そうか「食欲」だ……。

 

…多くないか?
秋って、「〇〇の秋」で語られすぎじゃないか?
しかも〇〇に入る分野が幅広すぎて、もはや何でもありじゃないか。
やることが多すぎて何をしてすごせば良いのか分からない!

 

と、秋の気候がすごしやすくて逆に困っているあなた!
そんなあなたに、ぜひ紹介しよう。いっぺんに秋を満喫させてくれる美術ミステリー小説、原田マハ『楽園のカンヴァス』の魅力を。
第25回山本周五郎賞、「プラチナ本 OF THE YEAR 2012」(雑誌『ダ・ヴィンチ』)、「BOOKアワード2012大賞」(TBS系『王様のブランチ』)を受賞。かなり話題になった本なので、既に読まれた方も多いかもしれない。

 

私事ではあるが、僕はつい先日この本を初めて読み、読書と芸術を満喫することができた。
本書には、その両方を満喫させる魅力があるのだ。
それは、色んな分野にくっついて語られがちな秋という季節にぴったりな魅力だ。

 

次の季節がやってきているというのにまだ秋を満喫できていないと焦る方のために、今回は『楽園のカンヴァス』を紹介しよう。

 

 

あらすじ

 

19世紀から20世紀のフランスを生きた画家、アンリ・ルソー。素朴派として知られるルソーは、ピカソなど一部の画家を除いて生前はほとんど評価を受けなかった不遇の画家であった。ルソー研究者である早川織絵と、同じくルソー研究者でニューヨーク近代美術館のキュレーターであるティム・ブラウンは、ある日スイス・バーゼルにある伝説的な美術商コンラート・バイラーの邸宅に招かれる。そこで見せられたのは、ルソー最晩年の大作『夢』とほとんど同じ内容の作品『夢をみた』だった。死期せまるバイラーはルソー研究者の二人に『夢をみた』の真贋鑑定を依頼。そして真贋にかかわらず、そこでより良い作品講評をした者に、作品の取り扱い権利を譲渡すると約束した。鑑定期間は一週間。ただし絵画を見て鑑定するのではない。バイラーが所蔵する作者不明の謎の古書を読んで鑑定するというルールなのだ。その古書が創作なのか事実なのか、あるいは『夢をみた』とどう関係するのかも明かされない。

自身の美術館でのルソー回顧展を翌年に控えていたティムは、あわよくば『夢をみた』のルソー展への出展も視野に、出世を夢見て勝負に臨んだ。ところが、次第に『夢をみた』をとりまく美術界の思惑に巻き込まれてゆく。その作品には、ルソーだけでなく、かつて画家としての彼を評価し、そこから自身も影響を受けた画家・ピカソが関係する、美術界を揺るがす重大な秘密が隠されていた。

ピカソ、バイラー、ティム、織絵。物語は、ルソーとルソーの作品を愛する人々が、真贋鑑定と講評の勝負を通して美術界の思惑に立ち向かう姿を描く。

 

 

著者の想い

 

さて、本書にはきっとたくさんの魅力があるのだが、今回のレビューでは、その魅力の一点に絞って紹介したい。その魅力とは、本書に綴られた、著者の美術への想いだ。

著者の原田マハは大学で美術史を学んだ後、いくつかの美術館での勤務を経る。モダンアートの殿堂として名高いニューヨーク近代美術館(MoMA)にも勤務している。
本書には、著者の美術に対する想いが、ところどころに散りばめられているのだ。暗に、というものではない。想いはあからさまに綴られる。

名画はときとして、こんなふうに、人生に思いがけない啓示をもたらしてくれる。それが、名画が名画たる所以なのだ。構図や、色彩や、バランスや、技巧の秀逸さばかりではない。時代性、対象物への深い感情、ひらめき、引きの強さ、言うに言われぬむずむずした感じ。見る者の心を奪う決定的な何かが、絵の中にあるか。「目」と「手」と「心」、この三つが揃っているか。それが名画を名画たらしめている決定的な要素なのだ。

(p.32)

 

美術館とは、芸術家たちが表現してきた「奇跡」が集積する場所。(中略)
アートを理解する、ということは、この世界を理解する、ということ。アートを愛する、ということは、この世界を愛する、ということ。

(p.232)

 

文脈を踏まえて読まなければ、「なんのこっちゃ」だろう。

とくに美術に関心が無ければ、著者の個人的な趣向や専門性を出しすぎだ、小説は主張のための場ではないと、その露骨さを嫌がる人もいるかもしれない。
だが本書を読んでいると、著者の個人的な趣向や専門性が前面に出て来てもそれを嫌だとは思われない。むしろそこであからさまに語られる著者の美術への想いこそ、本書のもっとも魅力的な要素だとさえ思えるのだ。

 

 

美術×ミステリーの読書体験

 

なぜ嫌ではないか、むしろ魅力的なのか。
それは、本書が「ミステリー小説」として成功しているからだろう。

 

そもそも小説には著者の専門性が反映されることは少なくない。そこでは専門性をもたない読者に、いかに読ませるかが課題の一つになるはずだ。

小説のなかでもミステリー小説というジャンルは、わくわくハラハラするような要素、たとえばなかなか明かされないような魅惑的な謎が作中に求められるものだ。ただ、あまりベタな筋書きにすると結末を予測され、読者が読むのを止めてしまうかもしれない。

 

他方、作中で上手く「謎」が生きて読者を魅惑的に刺激したとき、著者が自身の専門分野への想いを小説に込めるというのは効果絶大だ。極論をいえば、ミステリーの「読ませる」力を借りれば、どんな分野の極めて個人的な趣向でも読者に届けることができるかもしれない、ということだ。

 

本書の場合でいえば、謎とはすなわち絵画『夢をみた』の真贋だ。バイラーの素性や真贋鑑定のルールにも謎が多い。それらは読者に読ませ続けるには十分な刺激になるだろう。
そこに、美術の専門知識やルソー作品の魅力が語られる、というわけだ。
読者に小説を読ませ続けることに成功してしまえば、美術の専門知識はむしろ本書に無くてはならないものとなる。というのも、『夢をみた』の真贋の謎を明らかにするためには美術やルソーについての専門的な知識をある程度備える必要があるからだ。むしろ僕たちの関心はもっと美術の知識を求めるようにさえなるかもしれない。ひとたび関心をひらかれてしまったら、著者に美術の魅力を、それが極めて個人的な趣向に基づくものであっても、どんどん語ってほしくなってしまう・・・。
というと、言い過ぎと思われるかもしれない。実際にはそこまで読者に読ませるには相当の筆力が必要だろう。だがミステリーにはそれほどの可能性がある。

 

 

ところで本書の解説で、美術評論家の高階秀爾氏はこう書いている。

美術史とミステリーは相性がいい。
犯罪と種類、複雑な謎、謎解きの苦労と興奮、そして最後に真相という過程がよく似ている。
(p.435)

 

なるほど、とりわけ美術という分野はミステリーによって魅力を伝えやすいのかもしれない。
本書は画家や絵画のことが詳しく、そして分かりやすく書かれているので入り込みやすい。「美術のことはあまり知らないので…」という方も難なく読めるだろう。

 

ちなみに、美術史を知らずに本書を読んでいると「これってどこまで史実なの?」という疑問が湧くかもしれない。それを自分で調べ始めれば、美術ミステリーの仕掛けにさらにハマったと言えるだろう。もう読者は読書体験から独立した美術そのものへの関心を抱いてしまっている。(僕も調べた。)

 

 

おわりに

 

作中では登場人物たちがルソーと彼の作品を深く愛していることがわかる様子がたびたび描かれる。それと同じように、著者もまたルソーや、美術そのものを深く愛している。本書を読んでいると、そのことがよく伝わってくる。僕の個人的な感想になってしまうが、著者の愛情がストレートにこころの内側に入っていくこの読書体験は感動的なものだった。そうか、これほどまでに美術を愛しているのか。これほどまでに美術とは魅力的なのか、と。著者の想いの強さを感じて、なんだか胸がいっぱいになった。

 

 

本書はミステリー小説と美術の両方を満喫させてくれる。

次の季節がやってくる前に、ぜひ『楽園のカンヴァス』を読んでみてはいかがだろう。

 

 

(ライター:マチドリ)

Pocket