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『性の進化論』を読んで、性産業でのお仕事を考える

10/10/2014

 

少し前に、こんなツイートが僕のタイムラインに流れてきた。

             

AV女優・紗倉まなさんによるツイート。
僕は、AVがどういう人のどういう意図や思いがあって作られているのかについてまるで知らないまま、それを観ている男の一人だ。普段あまり表向きに語られない性産業ということもあってか、実際にそこに写されている人たちが仕事について語る生々しい言葉を目にして、僕はとても複雑な思いだった。

 

なぜ彼女らは、こうした心無いバッシングにさらされるのか。僕たちは、性産業や、その労働従事者にどう向き合えばいいのだろうか。そんなことを考えさせられた。

 

今回は性産業について、ちょうど僕がいま読んでいる『性の進化論 ―女性のオルガズムは、なぜ霊長類にだけ発達したか?』(クリストファー・ライアン&カシルダ・ジェタ著/作品社)を手掛かりに、考えてみたい。

 

と、唐突に取り上げてしまったのだが、本題に入る前にまずこの『性の進化論』という本を簡単に紹介しておこう。

 

 

 

『性の進化論』の概要

 

本書は進化生物学などの分野を土台に、先史時代から今日に至るまでの性と身体の進化をたどり、従来の性についての進化論を批判的に再検討する、刺激に満ちた本だ。

 

良い知らせと悪い知らせがある。まず良い知らせは、(…)男性は、(たとえば不倫をするというような)嘘つきのゲス野郎に進化してきたのではないし、女性は、何百万年もかけて嘘つきで二股かける金目当ての男たらしになったわけでは無い(ということだ)。悪い知らせは、ホモ・サピエンスは恥知らずなことに、避けがたく、また否定できないほど性的な生物種に進化してきた(ことだ)。

(括弧内筆者加筆・省略 p.71より)

 

性について、通説では、「男は、(自身が親であるということについて、曖昧さを回避するために)女の性的な不実の兆候に敏感になる」一方で、「他の女性とその場限りの関係を持つ機会があれば、いつでも利用する」とされる。「女は、(男の資源と保護を失わないために)男が逃げ去ることを考えているのではないかと、それを示す兆候に敏感になる」一方で、「つねに現在の相手よりも遺伝的に優れた男とその場限りの関係を持つ機会に目を光らせている」。

そこでは、女性は一般的に「一夫一妻(単婚)」を求め、男性が「一夫多妻」を求める、ということが前提される。男は性欲が強く、女は性には控えめと言われるのだ。

 

著者は本書を通して、「なぜ人の男性器のサイズは身体に比してこれほど大きいのか」「なぜ女性の乳房は膨らんだのか」など人の身体への疑問に応答を試みながら、この通説の矛盾を指摘し、反論してゆく。著者が支持しているのは「一夫一妻か一夫多妻か」という前提ではなく、「一度に一組以上の配偶関係を持つような『乱婚』」が先史時代(農耕と私有財産が発生する以前)にあったとする説だ。現在の人の身体の進化過程をひも解くと、実は僕たち人類は『乱婚』という配偶システムを持っていたという結論にたどり着くというのだ。

 

 

 

あの「叫び」の正体

 

本書が『乱婚』の説の根拠として示す事例のうち、1つを紹介しよう。

性行為中の「エクスタシーの叫び」についてだ。あれは男性ではなく女性の方が高音量なのが一般的だ。古代インドの性愛指南書にも、女性のエクスタシーの表現について「飛ぶものの種類から選ぶと良い」と書かれているらしい。いわく、「想像力にしたがって、次のどの叫び声を真似てうなり声を上げるか決めなさい。ハト、カッコウ、アオバト、・・・」(p.384)。

・・・な、なんじゃこりゃあ!!その行為中に「クルッポー!」とは、これいかに…。

 

さらに驚くべきことに、英の霊長類学者であるスチュアート・センプル氏によると「(霊長類では)メスの鳴き声が同じ集団のオスを刺激している証拠」が集まってきている、というのだ。要するに、あの喘ぎは「潜在的に『みんな、こっちにいらっしゃいよ』という誘いなのであり、そうやって精子競争に駆り立てている」。僕はこれを読んで震えが止まらなかった。

以上のことを根拠に、喘ぎ声もまた『乱婚』の説を支持しうるひとつの要素になるということだ。詳しく知りたい方はぜひ本書を手に取って読んでいただきたい。本書はもっと過激な身体的特徴をも、歴史的にひも解いている。

 

 

 

暴力性をおびる「通説」

 

さて、話を元に戻そう。

なぜ僕がこの本を引こうと思ったのか、すでにお気づきかもしれない。本書で批判対象となる「通説」が僕たちの社会にも(潜在的にであれ)共有されていて、冒頭に言及したようなAV女優へのバッシングをおこす根本的な要因のひとつになっているのではないか、といいたいのだ。

 

本書は「女性は性については控えめ」とするような通説を批判してゆくのだが、そのなかに重要な指摘がある。少し長いが、引用しよう。

 

(通説では)女性は特別に性的な生き物というわけではないと繰り返し断言されるにもかかわらず、(実際には)世界中の様々な文化において、男性は、女性の性衝動をコントロールするためなら、どんな常軌を逸したことでもする。たとえば、女性器切除(アフリカの一部地域で見られる風習)であるとか、(…)娼婦の「淫乱さ」について侮辱を唱えたり、(…)自身のセクシュアリティに寛大であることを選択した女性がいれば山ほど軽蔑を加えて意気を殺いだりといったことだ。要するに、こういったことはすべて、控えめだと想定されているはずの女性の性衝動をコントロールするために行われる世界規模のキャンペーンの一環なのである。だがただの子猫ちゃんなのであれば、どうしてそれを囲い込むのに、電流を通したレザーワイヤー製のフェンスのような重装備が必要なのだろう。

(括弧内筆者加筆・省略 本書p.61)

 

要するに、通説に則って「女性は性について控えめ」とは言いながら、同時に男性は女性の「性的に不実な兆候」を警戒している。その警戒ゆえに男性は「控えめである」という通説を「控えめであれ」という暴力的な抑圧に変換し、女性の性衝動を抑えつけるのだ。

(もちろん、ここでいう男性/女性は「通説」という人類史上の一般論としての分類であって、実際にすべての男性がこのようしている、というわけではない。)

 

AV女優はまさしく「通説」からの逸脱者であり、だからこそ「控えめであれ」という抑圧=バッシングの対象になるのではないか。

 

AV女優に対するツイッター上でのバッシングが男性のみによるものとは限らないが、実際にAV女優は「女性は性に控えめであれ」とする通説を(自覚的にも無自覚的にも)信じた男性・女性から攻撃を受けていると見ていいだろう。

ツイートにあるように、彼女らが自らの職業に真剣に「一つの仕事として立ち向かっている」なら尚更、僕は彼女らがこのような状況に置かれている事態を憂慮せざるをえない。

 

「通説」のもつ暴力性を解消するために、「女性にとっての性」について考え直す必要が、どうしてもある。 

 

 

 

「女性にとっての性」を改めて考えよう

 

本書にある指摘よれば、女性の「子宮頸管は、精子が支給へと流れ込む際のフィルターメカニズムとして機能すると同時に、その一時的な貯蔵庫としても働いている」(p.398)という。つまり「女性の生殖システムは、男性の精子を濾過して拒絶する機能を持っている」(p.399)のだそうだ。さらに、一般的に女性のオルガズムが男性よりも遅いのは「卵子に受精する可能性の高い精子はどれか、意識しないところで働いている判断によって利益を得る」ためであり、男性がオルガズムに達した後も性的活動を続けたいと思い、実際に続けることができるからだという(p.401)。だとすれば、女性が性的に控えめであるという見方にはいよいよ疑念を持たざるを得ない。

本書は喝破する。「女性の生殖システムのデザインは、通説が通用するようなものとは大違いであり、人類の女性のセクシュアリティの進化を根本から考え直すことを求めている」(p.402)と。

 

「女性にとっての性」について考え直してみる、ということ。それは女性が性に不真面目だと考えるようにする、ということでは全くない。そうではなくて、「通説」という固定観念の暴力性を無力化することなのだ。
それは女性の性衝動を蔑んだり抑圧したりするような意識あるいは無意識の存在に気付くことから始まる。そこから、性産業従事者を取り巻く環境が少しずつ変わっていくかもしれない。

 

 

 

(ライター:マチドリ)

 

 

 

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