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朝日新聞「慰安婦問題」特集から、メディアの反省の方法を考える

15/08/2014

朝日新聞が今月5日6日に「慰安婦問題を考える」と題して組んだ特集が、

改めてメディアや政界での慰安婦問題の議論に火をつけたようだ。

 

 

今回の朝日新聞の特集で最も注目されたのは、

「同紙が慰安婦問題に関する報道の一部を誤りと認め、取り消した」ということだ。

これに対して、様々なメディアで特集を評価したり批判したりする声が渦巻いている。

他の全国紙でも同特集が大々的に取り上げられており、
メディア間で特定の報道が同時に検証される良い機会にもなっている。

 

こうした様々な声のなかで、冷静に、改めて今回の朝日新聞の特集をどう評価できるのだろうか。

 

本記事では、こうした朝日新聞の特集に対する各紙の反応を整理しながら本特集を読み解き、
メディアとして過去記事を検証するときに必要なことは何かを考えたい。

 

目次

1.『慰安婦問題』って何?

2.朝日新聞の特集内容の要点

3.他紙が論じた「朝日特集」

4.メディアの反省の方法

 

 

本記事では朝日・毎日・読売・産経の4紙の、今月5日以降の記事をピックアップして整理する。

必要に応じて関連サイト等も引用するが、問題の根深さを考慮すると
引用すべき記事や文献にきりがなくなりそうなので、今回の記事では情報ソースを
できるだけ上記4紙の5日以降の記事に絞ってまとめたい。

 

※なお、筆者も勉強中であるため、本記事の事実関係等に誤りがある場合はtwitterアカウント @dre_kaz までご連絡いただけるとありがたいです。

 

 

1.  『慰安婦問題』って何?

 

 

今回の各紙の主張をまとめる前に、慰安婦問題についていま一度振り返っておこう。

 

慰安婦問題とは、戦時中に日本軍将兵らに性的な奉仕を強いられた元慰安婦についての
人権問題であり、同時にその事実関係と補償をめぐる歴史認識の問題である
といえるだろう。

 

このように定義を抽象的にせざるをえないのは、『慰安婦問題の本質』ついて様々な解釈が存在するからだ。
それについては後に詳しく触れよう。

 

ここでは、朝日新聞の特集内容をもとに慰安婦問題の事実関係をもう少し整理しておく。 

 

▼慰安婦にされた人々

  • 慰安婦にされたのは当時の国内の日本人
  • 当時植民地だった朝鮮半島や台湾出身者
  • 日本軍の侵攻先である中国、フィリピンなどアジア各地の現地女性
  • 植民地や占領地では売春婦でない未成年女子も対象に

(朝日新聞8月5日特集内記事「慰安婦問題とは」より)

 

▼どのように集められたか

  • 多くの場合、軍の意向を受けた業者が日本国内、植民地の朝鮮、台湾で集めた
  • 「仕事がある」とだまされたり、親に身売りされたりした場合も多い
  • フィリピンやインドネシアなど占領地では、日本軍が直接暴力的に連行したとの記録も

(朝日新聞8月5日特集内記事「慰安婦問題とは」より)

 

※詳しくは下記サイト参照のこと。
朝日新聞DIGITAL 特集:慰安婦問題を考える 「慰安婦問題とは」

アジア女性基金ホームページ

 

 

 

ではここから、各紙報道をみていこう。

 

 

2.朝日新聞の特集内容の要点

 

 

朝日新聞は8月5日の1面に杉浦信之編集担当の署名記事「慰安婦問題の本質、直視を」を
掲載し、同日16・17面ならびに翌日16・17面で「慰安婦問題を考える」と題して慰安婦問題と
自社報道について特集した。

 

すでに多くのメディアでまとめられているように、

今回の特集でとりわけ議論を呼んでいる内容は、5日紙面における以下の5つだ。

(1)慰安婦に対する強制性があり、慰安婦問題の本質は女性に対する人権の蹂躙である(※)
(2)吉田証言は虚偽と判断し、関係する報道を取り消す
(3)軍関与を示す資料についての報道は、宮沢首相(当時)が訪韓するタイミングを狙ったのではない
(4)慰安婦と挺身隊、研究が乏しく、混同して報道していた
(5)元同紙記者・植村氏の記事に事実のねじ曲げは無い

 

(※)「強制連行」をめぐる議論では、狭義の「強制連行」と、広義の「強制性」が分けて論じられている。
「強制連行」・・・軍隊などに人さらいのように連れていかれて無理やり慰安婦にさせられたこと
「強制性」・・・暴力的ではなかったにせよ騙されるなどして本人の自由意思に反して慰安所に連れてこられたこと
以下、この違いに注意されたい。

 

 

 

このうち、他紙の報道を含めて考慮し、とくに重要と思われる (1)と (2)を取り上げたい。

以下、要約して紹介しよう。

 

 

 

(1) 慰安婦に対する強制性があり、慰安婦問題の本質は女性に対する人権の蹂躙である

 

 政府は「強制連行」を直接裏付ける資料はないとしている。

他方、朝鮮半島では元慰安婦の多くが民間業者の甘い誘い文句にのせられたり、
騙されたりして連れてこられ、中には軍人らによる暴力があったということを示す証言集は存在する。

また、インドネシアなど他の日本軍占領地域では軍が現地女性を無理やり
連行したことを示す資料が確認されている。いずれにしても慰安婦たちが
「戦場で軍隊のために自由を奪われて性行為を強いられ」たことは明らかだ。

 

93年8月の河野談話は、「強制連行」ではなく「強制性」を問題視している。
朝鮮半島では軍による強制連行の証拠資料は見つかっていないが、
問題は「強制性」があったことであり、朝日新聞も「強制性」を問題視する。

 

93年以降、誤解をさけるために朝日新聞は強制連行という言葉を「なるべく使わないようにしてきた」。

「軍の関与がなければ成立しなかった慰安所で女性が自由を奪われ、
尊厳が傷つけられた」ことにこそ問題の本質がある。

 

(2)吉田証言は虚偽と判断し、関係する報道を取り消す

吉田証言とは、吉田清治氏(故人)が大阪市内の講演で話した、
「済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」という証言だ。

 

朝日新聞は97年3月にも慰安婦問題を特集したが、その取材の際、
吉田氏に面会を拒否されたため、朝日新聞は同特集に「(証言の)真偽は確認できない」とした。

 

朝日新聞は今年4~5月に済州島内で70代~90代の計約40人に取材したが、
強制連行したとする同氏の著述を裏付ける証言は得られなかった。

その他の証言や資料などにはむしろ吉田氏の証言と矛盾するものがある。
朝日新聞は吉田証言を虚偽と判断し、記事を取り消す。

 

(※具体的に削除対象となる記事は列記されていない)

 

 

 

 

では、以上のことを踏まえ、それぞれ対応する他紙の指摘を見ていこう。

 

 

 

3.他紙が論じた「朝日特集」

 

 

 

 

他紙では、毎日新聞が8月6日の紙面で報道・解説、7日の社説で論説した。読売新聞は6日と7日に特集し、
同日社説で論説。産経新聞は主に8日の紙面で特集し、主たる論説は6日の「主張」でなされている。
なかでも産経新聞が手厚く報じている印象だ。

 

 

(1)  慰安婦に対する強制性があり、慰安婦問題の本質は女性に対する人権の蹂躙である

 

このテーマにおいて、冒頭で言及したような、『慰安婦問題の本質』についての認識の差が現れる。

 

毎日新聞

毎日新聞では「強制連行」や「強制性」について細かな指摘はされていないようだ。

『慰安婦問題の本質』に関しては7日の社説で以下のように言及している。

慰安婦問題は歴史認識を巡って鋭く対立する日韓関係の最大の懸案だ。

(中略)

慰安婦問題とはそもそも、戦時下において女性の尊厳が踏みにじられたという、普遍的な人権問題だ。国際社会に通じる感覚と視点で議論していくことが求められる。

にもかかわらず、朝日新聞が吉田証言を前提にした報道を続けたことで、国内論議は慰安婦の強制連行の有無にばかり焦点があてられた。その結果、女性の人権という問題の本質がゆがめられたのは残念だ。

(出典:毎日新聞8月7日社説「慰安婦報道 国際社会に通じる論で」より)

 

読売新聞

読売新聞では、6日の社説などで「強制性」や『慰安婦問題の本質』についての言及がある。
少々長いが引用したい。

 

疑問なのは、「強制連行の有無」が慰安婦問題の本質であるのに、朝日新聞が「自由を奪われた強制性」があったことが重要だと主張していることだ。

 朝日新聞は当初、吉田証言などを基に、慰安婦の強制連行を問題視してきた。だが、強制連行の根拠が崩れると、慰安婦が慰安所に留め置かれていたことに強制性があると主張するようになる。

 今回も、問題の本質は、「慰安所で女性が自由を奪われ、尊厳が傷つけられたことにある」としており、その主張は基本的に変化していない。

 フィリピンやインドネシアなども含め、戦時中に多数の女性の名誉と尊厳が傷つけられる行為があったことは確かである。政府・軍の強制連行はなくとも、現在の人権感覚では、許されないこともあっただろう。

 しかし、「戦場での性」の是非と、軍の強制連行があったかどうかは、区別して論じる必要がある。広義の強制性があったとして日本政府の責任を問うことは、議論のすりかえではないか。

正しい歴史認識を持つためには、あくまで真実を究明することが欠かせない。

(出典:読売新聞8月6日社説「朝日慰安婦報道『吉田証言』ようやく取り消し」より)

 

産経新聞

産経新聞は6日紙面で、朝日新聞が慰安婦問題の本質を「慰安所で慰安婦が自由意思を奪われた『強制性』があったこと」としたことについて、以下のように指摘する。

(従来)朝日が「主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した」(94年1月11日付朝刊記事)、「『挺身隊』の名で勧誘または強制連行」(同年1月12日付社説)などと強制連行を強調してきたことへの反省はない。

朝日は自社が熱心に唱えた強制連行説の旗色が悪くなると、「日本軍が直接に強制連行したか否か、という狭い視点」(97年3月31日付社説)と論点をずらし始めた経緯がある。

(出典:産経新聞8月6日朝刊記事「『慰安婦』朝日検証 訂正まで32年 明確な謝罪避ける」より 冒頭丸括弧は筆者加筆)

 

まとめ

三紙とも、朝日新聞の従前(少なくとも93年以前)の報道は吉田証言を前提に「強制連行」に重きが
置かれてきた、という認識だ。

読売新聞はさらに踏み込んで、その「強制連行」についての朝日新聞の報道を契機に歴史認識の差が
問題化したのが「慰安婦問題」だと捉えている。

 

なぜ慰安婦問題の本質について、朝日新聞と読売新聞の認識にズレがあるのか。

次の項目を整理した後、改めて考えてみよう。

 

 

(2) 吉田証言は虚偽と判断し、関連する報道を取り消す

この項目については、程度の差こそあれ各紙とも同じ方向性で論じている。

 

毎日新聞

毎日新聞は7日の社説で、吉田証言の取り消しについて「同氏の『慰安婦狩り』証言などに基づく
朝日新聞のキャンペーンは、日本国内で激しい論争を巻き起こす契機になった」と言及している。

 

読売新聞

読売新聞は6日の社説で、吉田証言の取り消しについて
「もっと早い段階で訂正されるべきだった。92年には疑問が指摘されながら、
20年以上にわたって、放置してきた朝日新聞の責任は極めて重い」
と批判。

 

同証言が「慰安婦の強制連行があったとする誤解が、国際社会に拡大する一因となった」
としている。

 

同日特集では「いわば『火付け役』となった朝日新聞が記事を
訂正しなかったこと で、韓国側が慰安婦の強制連行があったとする根拠の一つとして
長らく利用され続けた」とも指摘している。

 

産経新聞

産経新聞は6日の社説で、以下のように指摘している。

遅きに失したとはいえ、朝日が慰安婦問題の事実関係について検証したことは評価できよう。記事取り消しも当然である。

だが、真偽が確認できない証言をこれまで訂正せず、虚偽の事実を独り歩きさせた罪は大きい。

(中略)

取材などで事実が判明すれば、その都度、記事化して正し、必要があれば訂正を行うのが当然の報道姿勢ではないのか。

暴力で無理やり女性を強制連行したなどとする吉田氏の証言は、旧日本軍が慰安婦を「強制連行」したり、「慰安婦狩り」が行われたりしたという誤解がまかり通るもととなった。

(出典:産経新聞8月6日「【主張】 朝日慰安婦報道 『強制連行』の根幹崩れた」より)

 

まとめと考察

各紙とも、朝日新聞の吉田証言をもとにした報道が慰安婦問題についての激しい論争を
巻き起こす契機になった点で一致している。とりわけ産経・読売の両紙は、
当該報道が正されなかったことが国際社会に誤解を広めたことを批判している。

 

 

では、前項目の「慰安婦問題の本質についての朝日新聞と読売新聞の認識のズレ」の理由を考えてみよう。

 

端的に、朝日新聞の「吉田証言」関係記事の取り消しが遅れてしまったことがその理由だろう。

朝日新聞は93年以降「強制連行という言葉をなるべく使わないようにしてきた」、
「97年特集で吉田証言の『真偽は確認できない』とし、以後吉田氏を取り上げていない」と主張している。

 

しかし、「使わない」ことや「取り上げない」ことは、「『強制連行』より『強制性』を強調する」ことや
「吉田氏証言に疑問を持つ」といった立場の表明にはならない。

 

慰安婦問題が吉田証言を前提に深化している以上、朝日新聞が「強制性」が
問題の本質だという立場を明確にするためには、吉田証言への疑義を明確に示すことや、
その関係報道の取り下げが必要条件だった。

 

その必要条件を満たさないまま、朝日新聞は「強制性」についての本来的な議論に移ってしまった。
一方の読売新聞は、実際に「強制連行」にフォーカスされた慰安婦問題が混迷を深めている現状において
起きている議論の本質を指摘している。

 

そこにズレがあるのではないだろうか。

 

そう考えるとやはり朝日新聞は、「強制連行」ではなく「強制性」が問題だという立場を明確に示すのであれば、
いち早く吉田証言を取り消すことが必要だったといえるだろう。

 

 

 

 

4.メディアの反省の方法

 

ここまでの各紙の整理を踏まえ、最後に僕の意見を書いておきたい。

 

吉田証言の取り消し自体は、遅すぎたとはいえ、改めて過去の報道の事実関係を確認する姿勢は
報道機関として非常に重要であるし、率直に評価されていいだろうと思う。
また、今回のように他紙の報道を相互に検証する紙面が今後出るようになれば、

メディアの質の向上にもつながるだろう。そういう意味で、今回の特集は非常に意義深いものであったと思う。

 

しかし、それで「反省」が十分だったとは、やはり思えない。

 

産経新聞をはじめ様々なメディアで指摘されているように、
報道の取り消しがあるのに社としての明確な謝罪がないということは、読み手の印象としては誠意に欠ける。

言うまでもなく、報道の信頼は社の責任に支えられている。
そして、そうした信頼を補強するのは、報道姿勢からにじむ「誠意」だろう。

 

過去の記事を取り消しするのであれば、それが現在社内にいる個人に直接の関係がなくとも、
やはり「組織」としては明確に謝罪をするのが筋だと思う。

 

 

 

 

 

では、「個人」として反省すべきことはあるだろうか。

 

今回の特集をうけて、朝日新聞社内から不満があがっているという記事や噂がネット上で散見される。
(たとえば東スポ「朝日『慰安婦誤報』に若手社員からも怒り」

 

 

元アジア女性基金理事の大沼保昭氏は、2013年にジャーナリストの江川紹子氏から受けた
インタビューのなかで、慰安婦問題が「偏見に充ち満ちた言葉」が渦巻く状況になってしまったことに関して、
ジャーナリズムの態度をこう語っている。

大手の新聞社の方に話をしても、返ってくるのは弁解なんです。「社説はまともなんだけど、社会部が暴走した」とか。そうかもしれないけれど、では、あなたは社内で社会部の記者と膝詰めで「あなた方の思い込みが激しすぎないか」「過去の報道に反省すべき点はないか」という話をしましたか、と聞きたい。

(出典:「日本が誇るべきこと、省みるべきこと、そして内外に伝えるべきこと~「慰安婦」問題の理解のために」

 

 

メディアの人が「社会部が・・・」と言いたくなる気持ちは理解できる。

 

たとえば自分が海外に行ったことを考えればわかりやすい。

極端な想定だが、仮にアジアのある国で、現地の人から「日本人なら戦争責任をとって謝れ」
と言われたとしよう。

直接戦争に関わったわけではない僕たちは、そこで個人として謝罪する責任はないはずだ
(少なくとも僕ならそう考える)。

 

それと同様、本来、同じ社内でも直接関係ない人の間違いを、同社社員が個人として
誰かに謝罪する必要はないだろう。

 

とりわけ報道機関職員に対してはイメージや偏見が持たれやすく、
「○○新聞の人」として括られやすい。

新聞社には多様な考えを持った人がいるとしても、そうした個々の多様性は
なかなか読者に届きにくいものだ。

 

括られやすいからこそ、こうして「同じ新聞社内でも、私と彼らは別」と言いたくなるのかもしれない。 

 

しかし、だから大沼氏の話に出てくる新聞社社員の態度でも良い、と言いたいのではない。

 

重要なのは、外部に届きにくい社内の「多様性」を、あやまちが起きないためにと
内部で活かすことができるかどうか、ということだ。

大沼氏も指摘しているように、同じ報道機関内の職員として
「今後どうすれば同じあやまちを防げるか」を真摯に追求し、
社内での多様な議論を喚起していくことが、
メディアのなかの個人としての「反省」のあり方といえるのではないだろうか。

 

 

一面的なイメージを持たれやすいメディアだからこそ、

「反省」には社としての責任と誠意、個人の真摯で積極的な働きかけが必要であると思う。

 

 

(ライター:マチドリ)

アイキャッチ画像出典:zakzak by 夕刊フジ

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