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ジャーナリズムの表現は拓かれていく〜Oculus Riftを試して〜

05/11/2014

 

湯浅です。新しいもの好きです。でも、古いBRUTUSとか集めるのも好きです。

アナログレコードも集められるなら、集めたいですし。「良いものは、良い」

 

ところで、11月1日(土)にTokyo Designers Week 2014(TDW2014)へ行ってきました。

感想を端的に申し上げますと、(ありがちですが)「良い刺激とインスピレーションをもらえました」。

特に「Oculus Rift」を初めて着用しましたが、少年のようにはしゃいでいました。

 

Polyphonic drawing(GIZMODO)

 

僕が試したものはこちらになります。

今回は、TDW2014にいった所感を述べるとともに、

ジャーナリズムの表現に関して少しばかり考察してみたいと思います。

 

 

 

そもそも、Oculus Riftってなに?

 

 

簡単に言いますと、Oculus VR, Incという会社が開発した

バーチャルリアリティに特化したヘッドマウントディスプレイ(HMD)です。

ニコニコ大百科によれば、

「映像視聴を目的とした他社のHMDとは異なり、バーチャルリアリティに使用するのを第一目的として開発されている。このため、他HMDの視野角が25-45度程度なのに対してOculus Riftの視野角は100-110度と非常に広く、3D映像もあいまって、ベタな表現だが自分が本当にそこにいるかのような圧倒的な没入感を得ることができる。高い場所は高く、巨大なものは巨大に見え、キャラクターと目が合った時には思わず意思を感じるほどである。」

どの方向を向いていても、目の前にバーチャルリアリティが広がっている状況は

まさしくバーチャルリアリティの世界に没入することへと誘います。

また、建築系のブースで体感したOculusの場合、

きちんとした方向を向かないと対象の建築物がないというバーチャルリアリティは、

現実でもきちんとした方向を向かないと対象物が見えないことと一致していて、

当たり前だけどそれが表現できる凄さに圧倒されました。

その体験はまさに今までに味わったことのないもので、一度はみんな試してみた方がいいです。

そうすれば、僕の興奮がわかっていただけるでしょう。

冒頭にリンクしたGIZMODOの記事の最後の部分にも「形容する言葉が出なくなる」と書いてありますが、

まさしくそれです。

 

 

 

Immersive JournalismにおけるOculusの応用〜USE OF FORCEを例にして〜

 

 

さて、前章で簡単にご紹介したOculusを使った試みがジャーナリズム界でも行なわれているようです。

博士の方から教えていただいたのが、こちら。

 

目の前で男が殴られ続けている。できるのは告発ビデオを撮ることだけ――暴行死事件をVRで“目撃”する問題作『Use of Force』【Indiecade 2014】(ファミ通.com)

 

「USE OF FORCE」という作品です。

内容は、国境警備隊による暴行死に遭遇し、後に告発の材料となる動画を撮影するというもの。

これは実際に起こった事件を基にしたテーマ設定がなされています。

これまで、我々はニュースで記事を読むことによってしか、事件を知ることはできませんでした。

しかし、Oculusを使用することで、事件を追体験することできるようになります。

これによって、人々はニュースをより他人事から自分事へとすることができるようになる

と考えられるでしょう。

これは、Immersive Journalismのひとつだと言われています。

Immersive Journalismとは、以前オンラインジャーナリズムアワードの記事でも少し触れましたが、

ニュースの受信者がニュースストーリーに記述された事件や事件の状況を

第一目撃者として追体験することができる新たなジャーナリズムのひとつです。

以前の記事を書いた時、僕の中でImmersive Journalismはそれすなわち、

パララックス手法と呼ばれる、下に記事をスクロールしていくタイプの記事の見せ方である

と勘違いしていました。

今回の事例を知って、あくまでもパララックスは

Immersive Journalismを表現するための一部でしかないことを痛感しました。

カタカナで「イマーシブジャーナリズム」と検索をすると、

大抵パララックスを用いたものしか出てこないことも

Immersive Journalismの誤解を生んでいるひとつの要因だと思っています。

Immersive Journalismは、ニュースに「没入」するための新たな表現方法に取り組んでいます。

Immersive Journalism(Immersive Journalism.com)

 

 

 

ジャーナリズムにおける表現の切り拓きと注意点

 

 

Oculusを代表例として、表現の新たな試みを見てきました。

これ以外にも、ニュースを表現するための多くの試みが各地で行なわれています。

例えば、ラジコン飛行物体を飛ばして空中からの無人撮影を可能にするDroneはDrone Journalismとして、

ここ1〜2年でジャーナリズム界のキーワードとなっていました。

トルコにおける、ゲジ公園の再開発を巡る騒動でも使用されていました。

日本では軍艦島アーカイブスと呼ばれるプロジェクトにおいて、

西日本新聞社がDroneを使って、軍艦島を撮影した映像が2日に公開されたばかりです。

 

 

また、GoProと呼ばれる小型カメラは非常に強靭であるため、過酷な環境での映像撮影も可能にしています。

GoProも既にCCDカメラから取って代わっていたり、

卓上のひとりを固定で撮る小型カメラとして使われたり、

利用される機会がメディアにおいても増えています。

よりリアルかつこれまで体験できなかったような映像が今後見られるようになることで

ニュースの受け取り方が変わるかもしれません。

 

 

技術によって表現が変化し、切り拓かれていくことは今後とも続いていくでしょう。

新技術を試していくことは、新たな読者を獲得するための手段のひとつにもなるのではないでしょうか。

特に今はまだ資金力がある既存メディアこそチャレンジしていくことが

メディア運営の未来のために重要になってくるでしょう。

挑戦することで新たな課題も生まれてくるかもしれません。

チャレンジ→課題発掘→課題解決→新たなチャレンジ…というようなサイクルを続けていくことが

ジャーナリズムの持続性につながるのではないでしょうか。

 

ここまで、新技術の良さは表現を変えていくことであり、

それによって受信者も変化していくということを書きましたが、

その際の注意点を最後に2つほど挙げたいと思います。

一つ目は、新技術によってメディアメッセージが飲まれてしまうことです。

本質的になにをやるかの方が圧倒的に重要です。

本質を表現するひとつの手段として、新技術があるということを発信者は肝に銘じる必要があると考えます。

肝に銘じなかった場合、過剰にメッセージを煽り立てることになってしまい、

ニュースがあらぬ方向へといってしまうやもしれません。

二つ目は、なにが見過ごされるかということについてです。

新技術は、色々なことをわかりやすく、直感的にニュースを伝えたり表現したりする際に

役立つかもしれません。

しかし、その背後でどんな情報が切り落とされ、編集されたのかについては考えねばならないでしょう。

わかりやすさは、情報を削ることで成り立っています。

もしかすると、削り取られている部分に、重要なことが含まれていたかもしれません。

何を削ることで分かりやすくするのか意識しなければ、

意図的・主観的なメッセージを作ることになるやもしれません。

 

最終的には、ジャーナリズムの本質を保ちながら、それを最大限に活かすために新技術を使っていくことが

最良の表現になると僕は考えています。

 

(ライター:湯浅)

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