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『ダラス・バイヤーズクラブ』 クレイジーなカウボーイの、「余命30日宣告」後の生き様に圧倒される

25/07/2014

 

この記事は映画『ダラス・バイヤーズクラブ』の内容についての言及を多く含みます。まだ本作を観ていないという方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

こんなにも人情味のあふれる映画を、僕は久しぶりに観た。『ダラス・バイヤーズクラブ』(米国 2013年)。ジャン=マルク・ヴァレ監督作品だ。

 

 

 

舞台は1985年、米テキサス州ダラス。そこに、酒やドラッグ、セックス、賭け事に溺れる放蕩男がいた。電気技師でカウボーイのロン・ウッドルーフ(マシュー・マコノヒー)だ。映画は、彼がぶっ倒れ、運ばれた病室で唐突に「HIV検査で陽性だった」と告げられるところから始まる。しかも、余命わずか30日。

 

放蕩男のロンでも、 間近に迫った「死」をすぐには受け入れられない。どうにかできないかと、エイズのことを調べ上げ、治療薬「AZT(アジドチミジン)」(※注1)の存在を知る。しかしAZTは当時まだ実用化されていない。何としても生き延びたいロンは、AZTのほか、様々な治療薬を世界中から集め始める。

そして同性愛者でエイズ患者のレイヨン(ジャレッド・レト)を取り込み、集めた薬品をエイズ患者と取引するビジネスを立ち上げた。しかし治療薬は未承認のものばかり。当局の規制の網の目をすり抜けながらもビジネスを続けようとするのだが…。

 


この映画は実話がもとになっているが、エイズや同性愛者への差別、医療機関と規制当局の権力など、様々なテーマが込められた社会派作品だ。今回の記事では、映画のなかで特に印象的だった2つのテーマを取り上げる。

 

 

薬品を選ぶ自由を阻むもの

(出典:「ダラス・バイヤーズクラブ」公式Facebookページ) 規制当局・FDA(米保健福祉省・食品医薬品局)がエイズ患者に治療薬AZTの説明をする集会に乗り込むロン

(出典:「ダラス・バイヤーズクラブ」公式Facebookページ
規制当局・FDA(米保健福祉省・食品医薬品局)がエイズ患者に治療薬AZTの説明をする集会に乗り込むロン

 

まずは本作の中心的なテーマといって過言ではない、「薬品を選ぶ自由」について。
ロンはHIV感染が発覚した後にAZTを手に入れるが、調達先のメキシコで実はそれが強い副作用のある薬であることを知る。そこから、彼はAZTに頼らずに他の効果的な薬を求め、それをビジネスに取り込んでいく。

 

実際にAZTの不使用とロン自身が集めた薬品の服用によって、ロンは30日を過ぎても生き延びることができ、彼の周辺でも病状改善が確認される。しかし、AZTの実用化と推奨を決めた行政と業界団体が、ロンのビジネスを妨害する。

皮肉にも、AZTを推奨して他の薬品を認めない規制は、かえってエイズ患者たちの命を蝕んでゆく。医療機関も規制に従順だ。当時、規制は必ずしも末期のエイズ患者たちの延命のためのものではなかったのだ。ならば、法とは何のためのものか。医療機関とは。 (※注2

 

 

「生きる」とは何かを問う、ロンの生き様

 

もっと抽象的な話もしよう。

規制当局と争うなかで、薬品の取引におけるロンのビジネスの意識は、次第にエイズ治療のための使命感に変わっていく。同時に、病気の進行を感じながら、確実にロンは疲弊してゆく。

そんなある時、弱気になったロンはぼやく。

人生は一度きりだけど、他人のも生きてみたい。
死なないのに必死で、生きている心地がしない。意味ないよな。

 

 

彼と病院で知りあい、その姿勢に共感した女性医師・イブ(ジェニファー・ガーナー)はロンを見つめて静かに応じる。「あるわよ」。

 

 

死なないために法をかいくぐり、医療機関を出し抜く。そのロンの生き様を見ていると、翻って観客の僕は自分の「欠如」に気付かされる。

 

法も医療機関も生活に身近なものだけど、それが「何のためのものか」と疑うことなんてほとんど無い。法は守るものだし、もっぱら医者の言うことは正しいだろう、自分はそう簡単に死なないはず。理由も無くそうだと信じ込んでいる。というか、信じ込んでいるという事すら、僕はあまり自覚していないかもしれない。

「死なないため」に生きる。そんな意識は日常ではそっくり抜け落ちてしまっているのだ。

裏を返せば、例えばもし医者にウソをつかれたら一気に死にさらされてしまいかねない、そういう「不確実さ」がこの日常にはある。

 

 

 

ロンは常に死と隣り合わせで、ただ自分で手にいれた情報と薬品の効果だけ信じて生きている。

言い換えれば、彼は日常の「確からしさ」を自ら獲得してゆく。そこには、「生きる」とは本当はこういうことを言うのではないか、と思わせる逞しさがある。

 

もちろん、実際にはロンのようにはいかないだろう。色んな分野で物事が高度に専門化してきているし、それらすべてを自分で調べて情報や商品を得ることなんてとてもできないからだ。

 

ただ悲しいのは、ロンが「生きている心地がしない、意味が無い」と嘆いてしまうことだ。彼のように逞しく生きる人に「生きる意味」を感じさせない 、そういう社会に僕らはいるのかもしれない。

 

 

 

 

 

(出典:「ダラス・バイヤーズクラブ」公式Facebookページ) 同性愛者でビジネスパートナーのレイヨンと抱き合うロン

(出典:「ダラス・バイヤーズクラブ」公式Facebookページ
同性愛者でビジネスパートナーのレイヨンと抱き合うロン


堕落した生活を送っていたロンは、死に直面して「生きたい」という欲求にかられたとき初めて、日常の生活に潜む様々な前提を疑うようになり、その欺瞞を痛快に暴いていく。
彼の成長は、彼がクレイジーだったころの生活のありがたみを思い知るものであったし、彼自身がかつてエイズ患者や同性愛者に向けていた差別的な認識を反省する過程でもあった。

 

その素直な人間的成長があるから、この映画はバイオレンスや性的なシーンを含みながらも、鑑賞後に豊かで温かな人情物語としての印象を残すのだろう。

 

 

映画は早稲田松竹で7月25日(今日!)まで上映している。たまたま今日はヒマだという方、ぜひ観に行ってみてはいかがだろうか。記事では言及しなかったが、キャストの名演を観るだけでも十分な価値のある映画だと思う。

 

 

 

(ライター:マチドリ  写真:「ダラス・バイヤーズクラブ」公式Facebookページより)

 

 

リファレンス

 

映画『ダラス・バイヤーズクラブ』公式サイト

 

 

 

 脚注

 

(注1)

AZTは実際に有効な抗HIV薬として認められており、現在でも使用されている。ただし、映画にも描かれているように、様々な副作用が指摘されており、患者の方の状態に応じた投与量の調整などが必要のようだ。詳しくはエイズ予防情報ネット「API-Net」にある抗HIV薬についての資料を参照。

 

(注2)

映画の最後にある説明によれば、現在では当時よりも薬品の選択の自由についての議論が広がっているとのこと。

 

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