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洋楽曲に見る日本のイメージ―歌詞のなかで語られる「日本」とは?

04/08/2014

 

洋楽を聴いていると、曲名に「Japan」や「Tokyo」という単語が入っていたり、いきなり日本語の歌詞が出てきたりすることがあります。これらの曲中で歌われている「日本」のイメージがどういうものなのか気になったので、何曲か集めて見ました。

 

さすがに「日本にはまだサムライやニンジャがいるんでしょ?」という外国人はいない、または少なくなったと思いますが、海外のアーティストは歌詞の中で、「日本」というモチーフにどのような意味をこめているのでしょうか。

 

ちなみに記事のアイキャッチ画像は、外国人の描く「典型的な日本人」らしいです。(「日本人の知らない海外報道」というブログから引用しました)。

ステレオタイプここに極まれり、といった感想しか出てきませんが、これが事実だとしたら、海外から見た日本人のイメージが非常に気になりますよね…

 

 

Yoshimi Battles the Pink Robots Pt.1 / Flaming Lips

 

歌詞はこちら

 

Flaming Lipsの「Yoshimi Battles the Pink Robots」というアルバムのタイトルナンバーです。「Yoshimi」とは「ヨシミ」という架空の日本人女性の名前です。

 

本アルバムは、「ヨシミという日本人女性が街を破壊しにやってきたピンク色のロボットと闘う」というとてつもなく謎に満ちたテーマを持ったコンセプトアルバム。この曲の歌詞は男の子目線で描かれていて、「誰にも信じてもらえないだろうけど、black belt in karate(空手の黒帯)で、毎日身体を鍛えているヨシミが、自分を食い殺そうとする悪のロボットを倒してくれるだろう」という内容です。

 

この「無力な主人公を守るために戦う屈強な女の子」という物語が、漫画「最終兵器彼女」のような、いわゆる「セカイ系」と同じ構成になっているところが興味深いですね。「セカイ系」の定義は曖昧ですが、東浩紀らの定義によると「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと」だそうです。(Wikipediaより)

 

セカイ系というジャンル自体、非常に日本的な想像力の産物だと思います。
 

Flaming Lipsが日本のサブカルチャー作品に対するオマージュとしてこのようなテーマを掲げたのかは定かではありませんが、やはり日本人の強さは「karate」に表象されるのだという発見がありました。

 

ともかく、このアルバムは名盤なのでおすすめです。

 

 

MR.ROBOTO / STYX

 

歌詞はこちら

 

2曲連続で「ロボット」をテーマにした曲が続きます。

やはり「機動戦士ガンダム」のような数々の名作ロボットアニメを生み出したことが影響しているのでしょうか。

 

この曲は、STYXの「Kilroy Was Here」というロックオペラの物語の一部です。同曲がオペラのなかでどのような位置づけを担っているかについての説明は省きますが「Too much technology」や「Machines dehumanize」など、機械と人間が共存する未来というSF的なテーマが描かれていることが分かります。サイバーパンク小説の金字塔「ニューロマンサー」 でも日本が舞台になっていますし、「過剰に推し進められた機械化社会」というイメージがあるのだと思います。

 

先日、日本に来賓したオバマ米国大統領が日本科学未来館を訪問して、 ホンダの二足歩行型ロボットASIMOと挨拶をする一幕がありました。「With parts made in Japan」という歌詞から察するに、この曲が発表された1980年代初頭の頃から日本は「ロボット大国」だったのですね。
思い切り日本語で「Domo Arigato, Mr. Roboto」と連呼するサビが面白いので是非聞いてみてください。

 

 

Yuko and Hiro / Blur

 

歌詞はこちら

 

お次は、イギリスのロックバンド「Blur」の一曲。

 

Yuko and hiroと一緒に会社で働いている内容を描いた歌詞で、「我々は会社で働いている」「いつも彼らが守ってくれる」という日本語のコーラスがあります。

 

どうやら、アルバムの制作に関わった日本人スタッフの名前をタイトルに使ったようです。日本人は外国人から「勤勉」というイメージを持たれるとよく言われますが、Blurにとっては歌にしたくなるほど熱心なスタッフだったのでしょう。

 

Blurは武道館でのライブをライブアルバムとして発表するなど、親日家と言われているのですが、日本人の真面目なところが気に入ったのでしょうか。

 

 

Draw Japan / The Horrors

 

歌詞はこちら

 

Blurの曲からは日本の良いイメージが感じ取れましたが、この曲は逆に日本を痛烈に皮肉った曲。

 

「Black cells depict a foreign land, I draw Japan」(黒い小部屋達がある国を描いている、日本を描いている)や、「Hungry for oil and iron and tin」(石油や鉄、お金に目がない )などと歌っています。他にも、非常に抽象的な言い回しで日本を揶揄しているような歌詞が見受けられます。

 

「重工業で発展したお金に目がない暗くて偏狭な国、日本」と言ったところでしょうか。

 

2007年に発表された曲ですが、Blurと同じ英国のロックバンドからそのような目で見られていたと思うと、ちょっと悲しいですね。

 

しかし、「MR.ROBOTO」から20年以上経ってから発表された曲でもやはり「必死に近代化した国」というイメージがあるのは興味深いです。

 

 

Tokyo Witch / Beach House

 

歌詞はこちら

 

「暗い冬の東京、麻雀パーラーで彼は待つ。しかし、待ち人は来ない」という曲です。

 

この曲のタイトルを直訳すれば「東京の魔女」。雀荘という舞台も、ちょっとアングラな雰囲気です。日本に対する謎めいたイメージが、非常に物悲しい曲調とマッチしたのではないでしょうか。

 

「雀荘でひとり寂しく女を待つ男」というなんとも侘しい感じを外国の方々が理解してくれるのだろうかと思いWikipediaの「麻雀」を読んでみると、麻雀は米国でも一時期大流行したようで驚きました。

 

しかし、もともと中国の文化である麻雀を、日本を舞台とした曲に使われるあたり、日本が貪欲に他国の文化を取り込んで自分のものとしてきた歴史を感じさせます。

 

 

 結論(のようなもの)

さて、以上5曲を見てきましたが、かなりこじつけのような分析も多く、ぶっちゃけ反省しております。そもそも洋楽は歌詞が抽象的だったり意味不明だったりするものがほとんどで、解釈が難しかったです。

 

また、他にもいくつか日本について歌った曲を聴いてみたのですが、日本に対する典型的なステレオタイプのイメージとなるようなものは発見できませんでした。むしろ、なぜ日本を舞台にする必要があったのか、疑問を持つ曲ばかりです。

 

しかし、井上陽水の「なぜか上海」という曲がありますが、僕がやっていることは彼に「なぜ上海なのですか?」と聴くようなものでしょう。井上陽水はボブ・ディランの超現実主義(シュールレアリスム)な詞に多大な影響を受けたことを公言しています。語弊を恐れずに言えば、歌詞に意味などないのです。 元も子もないですね。

 

唯一言えるのは、日本は「機械工業国」というイメージが強いのではないかということくらいです。これも楽曲のサンプル数が少なく、なんとも言えませんが…。

 

 

明確な「日本のイメージ」というものが導き出せず残念ですが、国別・年代別などで分類して大量の楽曲を分析してみたら、面白い結果が得られるかもしれません。

 

引き続き日本のことを歌った曲を集めていきますので、乞うご期待…!

 

(ライター:カガワ)

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