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音楽✕情報処理―音楽情報科学研究会SIGMUSが切り拓く未来とは?

11/08/2014

いつも何気なく聴いている音楽。普段意識することはほとんどありませんが、私たちの音楽体験は、実はさまざまなテクノロジーに支えられています。

 

たとえば、シンセサイザーなどの電子楽器の登場、DTMソフトウェア(PCで楽曲を制作するために用いられるソフト)の進化は、楽器の演奏方法やレコーディングのあり方を大きく変化させました。また、インターネットの登場は、SoundCloudMySpaceなど、アーティストが既存のレーベルに頼らずに音楽を届ける仕組みや、ニコニコ動画における二次創作文化やストリーミング配信サービスの登場など、音楽体験の多様性を生み出しました。

 

このように、テクノロジーの進化と密接に関わってきた「音楽」。

実は日本に、音楽を情報処理技術の観点から長年研究してきた研究会があります。

それが、「情報処理学会 音楽情報科学研究会」(SIGMUS)です。

 

本記事では、音楽と情報処理の関係を紹介するとともに、アカデミズムの視点から音楽を考えることの魅力を伝えたいと思います。「アカデミズム」と聴くと堅苦しいイメージがあるかもしれませんが、僕は研究者こそ「くだらないことを全力でやっちゃうおもしろいやつら」だと思っています!

 

 

音楽を情報処理するとどうなるの?

 

SIGMUS公式サイトのトップページ

 

SIGMUSは、「コンピュータと音楽とが関わり合うあらゆる場面を活動対象とする学際的研究会」です。

 

研究発表のテーマは、

 

「自動演奏・伴奏・合奏」 「音響分析」 「作曲・演奏支援システム」 「各種の音楽分析(和声、リズム等)」 「新世代楽器」 「自動採譜」 「音楽学・音楽心理学への応用」 「自動作曲」

 

など、多岐に渡ります。(『音楽情報科学研究会のご案内(※PDFファイルが開きます)より)

 

 

「情報処理」と聞くと、数字や記号などが羅列したデータをコンピュータが処理する、なんていう様子をイメージしませんか?しかし、2000年代以降に音楽がデジタル化したことで、音そのものを波形の「信号」、つまりデータとしてコンピュータで処理できるようになりました。それから、世界中で「音楽情報処理」という分野が注目を浴びはじめたそうです。

 

たとえば、自分の好きな楽曲の内容を手がかりに、それと似た楽曲を検索する技術などを研究する「音楽情報検索」の分野では、2004年から2007年の間だけでも世界で50人の新しい博士が誕生しました。

 

 

SIGMUSは2013年に発足20周年を迎え、それを機に研究員の後藤真考さんが『未来を切り拓く音楽情報処理(※PDFファイルが開きます)という研究報告をまとめています。

そのなかで後藤さんは、音楽情報処理分野には以下のような5つのグランドチャレンジがあると述べています。

 

  1. 個人ごとに最適な音楽を提供できるか
  2. 音楽の流行を予測できるか
  3. 人間と音楽との関係をより豊かにできるか
  4. 音楽自体に新たな進化をもたらすか
  5. 環境問題、エネルギー問題に寄与できるか

 

例えば「1. 個人ごとに最適な音楽を提供できるか」のチャレンジを具体化したものとして、個人の音楽購入履歴のデータやレビューの内容をもとに、そのリスナーが好みそうなアーティストを提示するアルゴリズムが考えられます。「4. 音楽自体に新たな進化をもたらすか」の具体例では、複雑な音声信号を処理することで実現した「ボーカロイド」が真っ先に頭に浮かぶでしょう。

 

 

なんとなく、情報処理技術が音楽文化にどのような恩恵をもたらすのか、イメージしていただけたのではないでしょうか?

 

 

具体的にどんな研究があるの?

 

では、具体的にどのような研究がおこなわれ、論文として発表されているのでしょうか?

音楽情報処理分野で賞を獲得した論文のなかから、タイトルから内容が推測しやすいものをいくつかピックアップして紹介します。

紹介論文にはすべて論文データベース「CiNii」のリンクを貼っておきます。オープンアクセス可能なものもあるので、興味のある論文は是非実際に読んでみてください!

 

 

まず、情報処理学会の発表論文のなかでも優秀な論文に贈られる山下記念研究賞を受賞論文から。

 

・「Cyber尺八の製作」(1995年 金森務)

・「WWW上での歌声による曲検索システム」(1999年 園田智也)

・「VocaListener: ユーザ歌唱を真似る歌声合成パラメータを自動推定するシステムの提案」(2009年 中野倫靖)

 

次に、音楽情報科学研究会 夏シンポ・ベストプレゼンテーション賞から。

 

・「発話ロボットの発話動作獲得と歌声の生成」(2006年 中村光宏)

・「ユーザの評価と音響的特徴との確率的統合に基づくハイブリッド型楽曲 推薦システム」(2006年 吉井和佳)

・「鼻歌検索システムのための楽曲からのボーカルメロディ推定」(2013年 角尾衣未留, 井上晃, 西口正之)

 

優秀な若手研究者に贈られるFITヤングリサーチャー賞から。

 

・「歌詞を用いた音楽の自動分類」(2002年 杉浦康友,木本晴夫)

 

 

などなど、さまざまなものがあります。

論文なので難しそうな言葉づかいのタイトルが多いですが、興味深いものがいくつもあります。「Cyber尺八の製作」なんて、見るからに面白そうですよね?

 

cyber尺八

これがCyber尺八だ!意外とサイバー感がないぞ!(Cyber-shakuhachi projectより引用)

 

同研究会の特徴は、実際に研究したものがツールや作品としてアウトプットされることです。

 

たとえば、産業総合技術研究所の中野倫靖さんが開発した「VocaListener」の技術は、ボーカロイドに「このように歌わせたい」と考える目標歌唱を録音した音声ファイルをもとに、ボーカロイド専用のパラメータを自動的に推定する編集支援ソフトとして提供されています。平たく言えば、実際に人間が歌った表現そのままに、ボーカロイドを歌わせることができるのです。

 

この技術は、それまで無機質に聴こえていたボーカロイドの歌唱表現を一変させました。

 

vocalistener

Vocalistenerの全体像(Vocalistener公式サイトから引用)

 

 

普段なじみのあるボカロ楽曲に活かされていると思えば、一見難しそうな研究もグッと身近に感じられませんか?

 

 

音楽情報処理の未来

 

後藤さんは先述した研究報告、『未来を切り拓く音楽情報処理』のなかで、今後重要となる音楽情報処理研究のアプローチとして、「人間の能力を拡張する研究」と「音楽家の能力の一部を全自動で可能にする研究」の2つを挙げています。

 

SIGMUSは「人間の能力を拡張する研究」として、リスナーが音楽をより深く理解できるようにする「音楽理解力拡張インターフェース」を提案してきました。

たとえば、同研究会が開発した「Drumix」は、楽曲のドラムパートをリアルタイムに編集する機能を備える音楽再生インターフェースです。リスナーが実際にドラムパターンを編集・加工することで、ドラムがどのように楽曲の印象を特徴付けているのかを把握することができます。

 

drumix

Drumix利用イメージ

 

このように、歌詞やメロディから一歩踏み込んだ音楽要素に目を向けさせる研究は、音楽の仕組みに対する理解を助け、より深い鑑賞体験が得られるとともに、「クリエイターになろう」と考えたリスナーの知識向上にも役立ちます。SIGMUSはこのような研究を、「一億総クリエイター時代の実現に資する」と考えています。

 

 

また、もう一つのアプローチである「音楽家の能力の一部を全自動で可能にする研究」では、コンピュータが自動的に音楽を創作する可能性が考えられます。たとえば、膨大なヒットソングのコード進行や歌詞を収集・分析し、組み合わせることで、「絶対売れるヒットソング」を自動的に生成するソフトが実現するかもしれません。また、自動生成した曲を動画投稿サイトにアップロードしてコメントを募り、そのコメントを言語処理で分析することで、どのような曲のパターンが評価されるのかを学習し、さらに良い曲を生成できるように改善していくような仕組みもありうるでしょう。

 

「機械が自動的に生成した音楽なんて」と思う人もいるかもしれません。しかし、人間の力だけでは思いもよらなかった新しい音楽が機械によって生み出されれば、音楽文化は更に豊かになっていくのではないでしょうか。

 

 

SIGMUSは8月25日から27日にかけて、「第104回情報処理学会音楽情報科学研究会」を開催します。

現在発表されているプログラムによれば、

 

  1. 音楽情報検索
  2. 音楽ゲーム・電子楽器
  3. 自動採譜
  4. 多重音解析
  5. 音楽同期
  6. 楽曲生成
  7. 音楽分析
  8. 歌声・歌詞

 

という8つのテーマで発表されるようです。

 

同シンポジウムで発表される論文は、いわば日本の音楽研究の最先端と言えるでしょう。

ぜひ実際のプログラムを見て、いま音楽研究でどのような分野がアツいのか確かめてみてください!

 

 

論文はニュースよりも早くて面白い

 

論文は難しくてよくわからない、自分とは無縁だと思う人もいるかもしれません。

 

しかし、あなたが画期的な音楽サービスや最先端の技術を用いた音楽ソフトが登場してワクワクしたことがあるなら、一度SIGMUSの論文のタイトル一覧を眺めてみてください。

「早く実用化してくれ!」と思うような研究がきっと見つかるはずです。

 

研究とは、ある分野に異常な愛情と執着心のある人間が、日々最先端の知識や技術を生み出すことです。その対象が音楽であれば、僕たち音楽フリークにとっておもしろくないはずがありません。まだ世に知られていない最先端の音楽研究の知識を身につけたら、周りから見ればあなたはそれこそ「音楽博士」に見えるでしょう。

 

私たちの音楽文化は、偉大なアーティストだけでなく、偉大な研究者たちによって作り上げられてきました。素晴らしい曲も研究も、同じくらいの熱い情熱が注がれているはずです。

 

 

「rockin’on」や「ナタリー」の記事を読むのと同じように、たまにSIGMUSの最新論文を読んでみてください。なにか新しい発見があるかもしれませんよ!

 

(ライター・カガワ

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