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ジャズの聴き方がわからない?ならば「東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史編」を読めばいいさ

22/09/2014

 

「ジャズを真剣に聴いてみたい!」と思い立っても、「一体なにから聴いたらいいのかよくわからない…」と感じる人は多いのではないでしょうか。

また、少し踏み込んでジャズのことを調べても、「ビバップ」や「モード」という言葉が結局なんなのかよくわからなかった、という人もいるでしょう。

 

そんな人たちにおすすめなのが、菊池成孔・大谷能生著「東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史編」です。

 

本書はその名の通り、音楽史における「ジャズ」というジャンルの位置づけ、また「ジャズ」そのものが辿った歴史的変遷を解説する「十二音平均律→バークリー・メソッド→MIDIを経由する近・現代商業音楽史」という東大で行われた授業の講義録です。

講義のなかでいくつものジャズメンの名前や、時代のメルクマールとなる重要なアルバムを紹介しているので、まさにジャズ入門として最適な一冊といえるでしょう。

 

本書の特徴は、音楽史を分析する際に、記号論的なアプローチを採っていることです。分かりやすく言えば、音楽を科学的・論理的に扱ってきた歴史を概観するということ。故に、楽典や音楽理論が度々登場しますが、菊池成孔という面白おじさんが平易な言葉でわかりやすく解説しているので、義務教育レベルの音楽の授業をまじめに受けていれば理解できるものばかりです。

 

なにより、自分の感性の鋭さをひけらかすような印象批評ではなく、音楽的な構造に注目することで、誰にとっても納得がいく「ジャズとはなにか?」の回答が得られると思います。

 

では、以下に本書の面白いポイントを紹介しましょう。

記事の後半では、本書が提示するジャズの歴史のキーワードを概説しています。記事前半に登場する「ビバップ」や「モード」などの単語を詳しく知りたい場合に、参照してみてください。

 

 

「ジャズ」の歴史を知ると、その「聴き方」がわかる

 

繰り返しになりますが、本書は「十二音平均律→バークリー・メソッド→MIDIを経由する近・現代商業音楽史」という授業の講義録です。

この「十二音平均律」「バークリー・メソッド」「MIDI」というタームがそれぞれ、記号論的な音楽史における重要なポイントといえます。

 

音楽における記号論とは、音楽を分解・分析する科学的な考え方であり、音楽理論と言い換えてもいいかもしれません。

本書がなぜ記号論的なアプローチを採ったかというと、ジャズというジャンルそのものが音楽理論をもとに発展してきたからです。

 

本書では、ジャズの歴史をおおよそ「スウィング→ビバップ→モード→モーダルコーダル→フリージャズ」というように捉えていますが、これはモダン・ジャズの最大の特徴であるアドリブ演奏の発展の歴史であり、また音楽に対する「科学的アプローチから非科学的アプローチ」の変遷です。

 

ロックや現代芸術のように「コンテクスト」を原動力として発展してきたわけではなく、あくまで科学的・論理的アプローチから発展を遂げたジャズというジャンルを理解するには、記号論的な視点が欠かせません。

 

「音楽は好きだけど音楽理論はどうでもいい」という人でも、本書を読めば、いかに音楽の印象や演奏のスタイルが理論的に規定されているかを理解できるかと思います。例えば、いくつか自分の好きなジャズ・ナンバーが見つかったとき、それらの曲が「モード」の特徴を備えた曲だということが分かれば、「自分はビバップよりモードが好きなんだ」ということに気付けるかもしれません。

 

音楽を聴くのにも、ある程度のノウハウが必要なのです。

 

 

ジャズの歴史と戦後アメリカの歩み

 

先ほど「ジャズはコンテクストから発展したわけではない」と述べたのにも関わらず手のひらを返すようで恐縮ですが、本書ではジャズの歴史を戦後アメリカの文化的歴史と重ね合わせる試みも行われています。

 

例えば、1950年代に登場した「ビバップ」は、厳格なロジックをもとに演奏されており、第二次世界大戦直後における米国の科学万能主義的なイデオロギーを反映しています。一方、1960年代にビバップの厳密さを否定するような形で登場した、より自由な演奏を志向する「モード」というジャンルは、当時のヒッピームーヴメントに象徴されるカウンターカルチャーから派生したと考えることもできます。

 

また、さらに音楽の商業主義的な見方や黒人音楽としての見方、モダンとポストモダンの対比という思想史的な見方など、様々な視点を取り入れながらジャズの歴史を眺めています。

 

このような視点の立て方は菊池成孔の膨大な知識量が為せる業だと思いますが、ブラックミュージックを題材としたひとつの「民俗誌」としても楽しめる本になっています。

 

 

菊池成孔の語り口

 

本書は講義録なので、菊池成孔の語り口そのままに口語体で書き起こしされています。

 

彼のパーソナリティを知る人は想像がつくかもしれませんが、およそ大学の授業とは思えないような「チャラい」言葉遣い、語り口です。講義の途中で煙草を吸いに行ったりします。

しかし、全11回の講義は「記号論」という筋道がまっすぐ一本通っていて、非常に明快かつ論理的な内容。音楽理論をもとにジャズを解説した本のなかでは、飛びぬけて分かりやすく親しみやすいのではないかと思います。

 

彼が雑談のように話すジャズメンたちのぶっ飛んだエピソードの数々も、実は当時ジャズが置かれた状況を語る上で重要なファクターだったりします。

 

「記号論」などの言葉からは少々堅苦しい印象を受けるかもしれませんが、ジャズ喫茶で陽気なおっちゃんの話を聞く感覚ですらすら読めるので、是非手にとって読んでみてください。

 

 

 

用語解説

 

さて、ここからは、本書が提示する「記号論的音楽史」のキーワードを、音楽理論の知識がなくても理解できるような形で僕が備忘録代わりに説明した文章です。

また、それぞれの項目で、本書で紹介されている音源の動画を載せています。

 

より専門的な内容に踏み込んでいきますが、記事上部の内容で興味を持ったら、是非以下の内容も読んでみてください。

 

 

音楽の基礎「十二音平均律」

 ※動画は十二音平均律を用いて作曲された、バッハの「平均律クラヴィーア曲集(第一巻)」

 

まず、講義で最初に登場する「十二音平均律」はどういうものかというと、1オクターブを均等に12等分した音階のことです。イメージしやすいのはピアノの鍵盤で、下のドから上のドまでの間に、鍵盤が半音ずつ12個並んでいると思います。

 

この「十二音平均律」がもたらしたのは、音楽をデジタル的に記号として処理できるようにしたこと。つまり、音楽が誰でも再現可能で、体系的に学べるある種の「システム」になったことを意味します。これが非常に重要で、菊池・大谷両氏は十二音平均律の登場が圧倒的に音楽を「ポップに」、つまり大衆化したと見立てています。

 

 

即興演奏誕生の契機となった「バークリー・メソッド」

 ※動画は「ビバップ」創始者の一人でアルトサックス奏者のチャーリー・パーカーによる代表曲「ko-ko」

 

次のポイントとなる「バークリー・メソッド」は、20世紀半ばにボストンのバークリー音楽院で商業音楽を作るための「システム」として開発されました。これは、いままでの十二音平均律で作られた音楽の和音(コード)や旋律のパターンを整理・体系化したものです。

その最大の特徴は、和音を「コード・シンボル」として扱い、メロディと分割して扱えるようにしたこと。バークリー・メソッドで書かれた楽譜は、例えばギターのコード譜です。「C」「Am」「Em」「G」という記号が並んでいるだけのシンプルなもの。一方、バークリー・メソッド以前の楽譜は、五線譜に演奏するべきあらゆる音符ががっちりと書き込まれていました。

 

このメソッドがなにをもたらしたかというと、ジャズの最大の特徴である「即興演奏(アドリブ)」です。つまり、コード譜を用意して、ライブではその場でコードを解釈しながらメロディを補うという演奏方法が誕生したのです。1950年代に全盛期を迎えるこの時代のジャズを「ビバップ」と呼びます。

 

 

より自由なアドリブ演奏を目指した「モード」

 ※動画は「モード」を代表する曲、マイルス・デイヴィスの「So What?」

 

さて、先ほど「コードを解釈する」と述べましたが、実はコードの配列にはそれぞれ音楽的に役割があります。詳細は最後にちらっと触れますが、簡単に言うと、コードの順番によって曲の展開は論理的に分析可能なのです。例えば、曲の最後は大抵落ち着いた感じのするコードで終わります。このコード進行の機能的側面を利用しながら演奏していたのが「ビバップ」なのですが、だんだん皆がその科学的・論理的な解釈に飽きてきたところで、今度はバークリー・メソッド的なコード進行を無視した、ほとんどコード進行がない演奏スタイルが登場します。それが「モード」です。

 

「モード」とは、直訳すると「旋法」のこと。つまり、ある特定の音階(スケール)です。モードとして作られたジャズ・ナンバーは、コードの変化はあっても意味づけ可能な音の「進行」ではないので、ビバップのようにコード進行の機能を解釈しながら演奏することができない代わりに、コード・シンボルが「ある特定の音階を演奏しなさい」というルールを示しています。つまり、コード・シンボルが変わるのを「コード進行」ではなく「モードの変化」と考えます。

 

少し難解に感じるかもしれませんが、要するにビバップのようにコード進行の機能に縛られず、より自由にアドリブでメロディを紡げるようになったことがモードの特徴と言えるでしょう。そしてその単純さ・自由さから生まれたある種の余裕が、音楽の「リズム」という側面に注目させる契機となったことも重要です。

 

モードを具体的に説明するには音楽理論の話になってしまいますが、例えばコード・シンボルが「C」の構成音は「ド・ミ・ソ」なので、バークリー・メソッド的にアドリブを演奏すると、コードの機能を生かすためにド・ミ・ソを中心にしてメロディを紡ぐ必要があります。しかし、「C」をモードとして「Cメジャースケール」(モード的に考えるとCイオニアンですが、無視して構いません)として捉えると、「C」のときは「ドレミファソラシド」すべての音を使って演奏できるようになります。

 

 難解に感じる理由は、同じコードを異なる解釈で扱っているからだと思います。例えば、ビバップのようにコード進行しているような楽曲を、モードの変化と捉えて進行感が希薄なままアドリブする「コーダル・モーダル」というジャンルも登場します。

 

※コーダル・モーダルで作られた、マイルス・デイヴィスの「Flamenco Sketches」 

 

 

 

あらゆる音楽理論からの脱却「フリージャズ」

※動画はサックスのフリーク・トーンが聴けるエリック・ドルフィーの「The Baron」

 

さて、いよいよ次に登場するのが、「フリージャズ」です。ビバップは、バークリー・メソッドを用いた非常に科学的・論理的な即興演奏でした。その生成言語的なルールを否定する形で出てきたモードも、ビバップほど厳格ではないものの一定のルールがあり、分析可能性・再現可能性を持っていました。

しかしフリージャズは、それまでの科学的な手法を無視した形で登場します。

 

ここで重要なのは、「ノイズ奏法」の登場です。フリージャズのサウンドを牽引してきたのは主にサックス奏者だったのですが、それはサックスがもっともノイズマシーンとしての性能が高い楽器だったから、と菊池成孔は指摘しています。実際に、サックスは「フリーク・トーン」という金切り音を簡単に出すことができます。つまり、すべての音楽の基礎である十二音平均律からも自由な「ノイズ」を演奏したり、既存の音楽理論では分析できないような即興演奏を行ったりという、「科学の否定、歴史の否定」こそが、フリージャズの特徴だと言えます。

 

 

音の究極的な記号化「MIDI」

※動画は日本の電子音楽の草分け的存在であるYellow Magic Orchestraの「千のナイフ」

 

さて、本書ではフリージャズを扱ったあと、「電化」と「磁化」、つまり電子楽器の導入や「ファンク」など律動中心のポップスの登場という「メソッドからの脱却」ともいうべき動きの解説に入るのですが、この部分の詳しい内容は本書に譲るとして、最後に「MIDI」について。

 

MIDIとは、打ち込み音楽などで用いるデジタル・シンセサイザーで作った音の情報の規格のこと。簡単に言うと、鍵盤で弾いた音の「どれくらいの強さで、どれくらいの音程で、どれくらいの長さで」という情報をすべて記録します。つまり、MIDI情報は音の究極的なデジタル化・記号化といえます。これを菊池成孔は、「五線譜へのハイパーな先祖帰り」と表現しています。

つまり、コード・シンボルを用いた自由な演奏ではなく、MIDIという徹底的に管理されたシステムによって、かつて五線譜に書き込まれたような作曲が中心になってきた、ということです。

 

このMIDIというシステムが登場したことによって、「ビバップ→モード→モーダルコーダル→フリージャズ」と続いてきたアドリブ演奏を中心とするモダン・ジャズの発展が終焉を迎えた、というのが菊池の見立てです。

 

 

おわりに

 

おそらく、少しでも音楽理論を勉強したことがある人にとっては面白く、まったく知らない人にとっては少々難しかったのではないでしょうか。

 

ただ、「ジャズとはなにか」を考察するときに、音楽理論の話は切り離せません。もっとも、あらゆる音楽がそうなのですが。

 

「ジャズの良さがわからないのは自分の感性が貧しいからだ!」と嘆いている人は、音楽理論からジャズのロジックや素晴らしさを理解してみてください。

 

「音楽の聴き方にノウハウは必要ない」という素晴らしい感性をお持ちの方には頭でっかちに思われるかもしれませんが、音楽の理論や構造を理解することは、誰にでも平等に開かれた素晴らしい音楽体験なのです。

 

 

(ライター:カガワ)

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