ごめんね青春

『ごめんね青春!』を見ながら「恋愛」と「友達」の境目の話をしよう

07/11/2014

 

最後に見たドラマは鈴木京香・主演の『SCANDAL』(TBS系列 2008年)という僕が、久々に毎週欠かさずに見ているドラマがある。宮藤官九郎・脚本で話題のドラマ『ごめんね青春!』(TBS系列 日曜劇場枠)だ。

 

このドラマ、かなり面白い。なにがそんなに面白いんだろう。
普段ドラマはほとんど見ないんだけど、今回はそのことをちょっと考えてみよう。

 

 

あらすじ

 

舞台は静岡県・三島市にある二つの高校だ。仏教系の学校で偏差値の低い男子校・駒形大学付属三島高校(東高:とんこー)と、厳粛なカトリック系の学校で成績も優秀な女子校・聖三島女学院(三女:さんじょ)。隣接する両校は、宗教の違い、成績、男女分校の違いからか、かねてから仲が悪かった。他方、経営難に悩んでいた三女は、東高とのあいだに合併の話を進めてもいた。しかし両校の関係の悪さゆえ、合併の話は決定打を欠いていた。そんなときに主人公の原平助(錦戸亮)が、ある提案をする。

それが、両校の3年生の1クラスを、卒業までの間、男女共学クラスにしてみようというもの。提案は採用され、平助のクラスの男子生徒半分と、三女の生活指導の教師である蜂谷りさ(満島ひかり)の担任クラスの女子生徒半分が実験的に交換された。男女共学クラスが始まる。

ドラマはその実験的な男女共学クラスでの中間試験や共同文化祭、生徒や教師たちの恋愛を描いている。

 

 

ドラマの魅力の話をしよう

 

男子校と女子校のクラスが交ざって巻き起こる青春ストーリー。筋書き自体はシンプルだ。だけど、男子校・女子校のあるあるネタや、高校時代を懐かしく感じさせる小ネタが些細なところで描かれているこのドラマは、それだけでも見る人を惹きつける。下ネタを憚らないのも面白い。

 

さて、そんな魅力を話し出したらきりが無さそうなのだが、僕がこのドラマについてとりわけ魅力的だと思うのは、素直でシンプルなのに考えさせられる、深みのあるセリフだ。

 

第4話『恋の嵐!ガッついていこう!』(11月2日OA)では蜂谷先生のこんなセリフがあった。

             

好きにならなきゃ好きな理由は分からない。だったら、直感を信じてみませんか?理想と違うからとか、条件が合わないからとか、そんなの時間の無駄。人生は一度きりなんです!ガッついていくわよ!!

 

演じている満島ひかりの言いっぷりが勢い良すぎて何だか怒られている気がしたのだが、このセリフには「なるほど」と考えさせられた。

 

感情がなぜ動いたのか、それを言葉にするのは簡単なことではない。まして「好きな理由」なんてなかなか説明できないものだ。「好きになる条件」があったとしても、それは自分で認識している限りの条件にすぎない。実はこれまで考えてもみなかった「好きになる条件」が別にあるかもしれない。それを発見できるのは、蜂谷先生が言う通り「直感」に頼って人を好きになった時だけだ。だから、やっぱりガッついていこう!というのは正解かもしれない。

 

 

「友達」と「恋愛対象」の境目の話をしよう

 

ところで、「何が好きなのか分からない、だけどこの人が好きだ」と直感するとき、僕たちの感覚は何に刺激されているのだろう。

「友達」と「恋愛対象」のあいだの隔たりを飛び越えさせるものは何なのだろう。

 

 

たとえば、今までは全く恋愛対象として見ていなかった人のことが気になるようになった、というのは誰にでもある経験だろう。それは「異性として意識した瞬間」とよく言われる。なるほど、まさに「異性」として意識させるもの、すなわち「性的な関心」こそ、「恋愛対象」に有って「友達」に無いものだ。

 

ここでいう「性的な関心」とは、性的な感覚や欲望を芽生えさせるものだ。あからさまな欲望としてではなくとも、人は「性的な」視点を自然に(もしかすると潜在的に)備えているはずだ。必ずしも下品なものとしてではなく。

ひとたび性的な関心を誰かに対して見出した途端に、僕たちはその人をたちまち恋愛対象として認識するようになる。

 

とすると、じゃあ性的な関心はどういう場合に見出される?

たとえば美しい人を見たとき、僕たちはその美しい人にすぐに性的な関心を見出す。なぜなのかを突き詰めて考えると良く分からないけど、とにかく美しい異性には一般的に興味関心が集まりやすい。容姿は直接的に性的な関心につながるものなのだ。だけどそんな相手でも、仲良くなってその人柄を知れば知るほど、性的な関心を見出せなくなることがある。

逆に、相手を知れば知るほど性的な関心を見出すようになることだってある。つまり容姿のイメージからは考えられなかった人の一面に対しても、僕たちは(容姿よりは間接的に)性的な関心を見出すことがある。

 

 

『ごめんね青春!』に話を戻そう

 

と、あれこれ書いてきたが、友達と恋愛対象の境目には「性的な関心」がある、というのは割と当たり前だ。ただ重要なことは、僕たちはおそらく自分が自覚している以上に、日常的に物事に対して「性的な視点」「性的な関心」を抱いているということだ。たとえその性的な関心の対象が現実的に恋愛相手とはなりえない人であったとしても。

実は僕が『ごめんね青春!』を見ていてよく感じるのが、視聴者の(出演者に対する)「性的な関心」の引き出し方の巧みさなのだ。

 

新進の若手俳優や人気アイドルをキャスティングする、というのは学園ドラマではお決まりだ。容姿の美しい男女、それもあまり知られ過ぎていない新進の人を多くキャスティングしているというだけでも、学園ドラマは既に大いに性的な要素を持っている。「どんな人なんだろう」という関心を抱かせやすいからだ。

だが『ごめんね青春!』はそれだけではない。

たとえば満島ひかり演じる蜂谷先生は、三女の厳粛さを象徴するようなキレッキレのキレキャラだ。ビシバシ厳しく声を張り上げ、しばしば怒っている。そもそも満島ひかりがキレキャラであること自体がかなり新鮮なのだが、キレキャラの彼女が恋に落ちると、今度はまた別の、素直な一面を見せる。
イメージを覆すような一面を垣間見た時には、「この人のことをもっと知ってみたい」という自然な関心がわく。

 

未知の出演者たちのキャラクターの多彩さと、既存イメージの転覆。それを巧みに操るこのドラマは、とにかく視聴者の中にある出演者への関心、それも多くの場合おそらく「性的な関心」をひき出すのが上手いのだ。

 

 

まとめ

 

やや強引な話になってしまったかもしれない。改めてまとめてみよう。
このドラマの何にこんなに惹きつけられているのかと自問してみたとき、僕はその理由は蜂谷先生(や、黒島結菜演じる中井さん)をもっと観たいから、と考えたのだ。新進の俳優を含めてこれだけ多くの出演者がいる。この人をもっと見たいからこのドラマを見ている、という人は少なくないだろう。
そして出演者をもっと見たいと思うこの気持ち、実は誰かに恋をするときの感覚とそう違わないんじゃないだろうか。もしそこに共通項があるとすれば、それは「性的な関心」だ。
「性的な関心」が、実は単に恋愛だけのものじゃなくて、日常の色んな局面で見え隠れしているんだとしたら。たとえばこんな風に、ドラマを見ているときにさえ、暗に感じられているとしたら。
そのことに自覚的になってドラマを見ると、このドラマ、視聴者の関心(とくに性的な関心)を次々ひき出して目を離させない。本当によくできていると思うのだ。
さすがのクドカン!という感想である。

 

 

(ライター:マチドリ)
アイキャッチ画像:公式ホームページ より画面キャプチャー
(最終更新:12月6日)

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