barack_obama-raul_castro_2369429

米・キューバ急接近、その背景は?

23/12/2014

 

長すぎた「冷戦」に、雪解けの兆しが見えた。

 

東西冷戦下の1961年から現在に至るまで国交を断絶している
米国とキューバが、両国関係の改善に向けて動き出した。

 

「米国の利益にならなかった時代遅れの政策を終わらせる」。
17日、オバマ大統領はホワイトハウスで演説し、
米国の対キューバ政策を半世紀ぶりに見直すことを宣言した。
キューバのラウル・カストロ議長も今回の米国の姿勢を
好意的に受けとめており、20日の国会演説では
「両国関係は大切な一歩を踏み出した」と発言。
しかし、その一方で
「社会主義体制を変えることはない」
「(米国による対キューバ)経済制裁解除という重要な問題は残ったままだ」
と、改めてキューバ側の主張を強調した。

 

多くの日本人にとって、キューバという国は
「野球と葉巻と革命の国」というイメージだろう。
地理的な距離はさることながら、心理的にも近い距離に
ある国だとは言い難い。
しかし、53年間続いた米国とキューバの「冷戦」が終結すれば、
世界史に残る重要な出来事となるばかりではなく、
現在の国家間のパワーバランスにも大きな影響を与える。
特に、米国との関係が優れない一方でキューバとは良好な関係を結ぶ
ロシアや北朝鮮は、今回の両国間の交渉の行方に高い関心を寄せており、
交渉如何によっては今後の対米政策を転換する可能性がある。
日本の同盟国である米国と地球の裏側にあるカリブ海の島国との
「仲直り」は、巡り巡って日本の安全保障上の問題にも関わってくるのだ。

 

今回は米・キューバ間の「冷戦」の歴史的経緯を振り返りながら、
関係改善に至るまでの流れを整理していきたいと思う。

 

150キロ先の「敵国」—米・キューバ「冷戦」の歴史的経緯

「人間の目が見た、最も美しい土地」。
大航海時代真っ只中の1492年、キューバ島を「発見」したコロンブスは、
航海日誌にこう書き記したという。
しかし、その後訪れる帝国主義全盛の時代から逃れることは敵わず、
キューバは実に400年近くもスペインの支配下に置かれた。
1982年に世界遺産に登録された首都ハバナの美しい街並みや、
国民の生活に根付くカトリックの慣習は、当時の遺物である。

 

キューバが独立を果たしたのは、1902年のことであった。
しかしそれは事実上、新たに始まる米国の支配を意味していた。
1898年の米西戦争に勝利した米国は、なんとしても独立を果たしたい
キューバの足下を見るような形で、あからさまな内政干渉を開始した。
多くの資本産業が米国企業に支配され、
ハバナはマフィアと売春の街と化した。
政治は腐敗を極め、米国の界隈政権による政治的暴力と汚職の数々は、
飢えと貧困に喘ぐ国民の生活をさらに逼迫させた。

 

この惨状を打破すべく立ち上がったのが、若き日のカストロ兄弟と
その仲間たちである。
1953年7月26日、フィデル・カストロを長とする80名の青年は、
キューバ第2の兵営であるモンカダ兵営を襲撃した。
この奇襲作戦はわずか30分で失敗に終わり、独裁者バティスタ率いる
政府軍によって、彼らの多くが虐殺された。
運良く生き延びたフィデルらも投獄され、裁判にかけられた。
「歴史は私に無罪を宣告するだろう」の名で知られるフィデルの陳述は、
現在も続く革命体制の事実上の政策綱領となっている。
裁判で15年の禁固刑を宣告されたフィデルは、数名の同志とともに
ピノス島(青年の島)のモデーロ監獄に収監されたが、
国民のあいだに高まりつつあった反バティスタ機運に後押しされる形で
恩赦が実現し、1955年5月に釈放された。

 

その後、フィデルは再び武装闘争の準備を開始した。
遠征先のメキシコでアルゼンチン人のチェ・ゲバラと意気投合し、
ともにキューバのために戦うことを誓う。
そして1956年11月、フィデルら革命戦士を乗せた「グランマ号」は
キューバに向けて出帆した。
2年半におよぶ過酷なゲリラ戦の末、1959年1月1日、
バティスタの亡命をもってキューバは真の独立を果たした。

 

当然ながら、米国は新生キューバを歓迎しなかった。
フィデルが国家評議会議長に就任した際、メディアはこぞって
「キューバは新独裁者カストロを誕生させた」と報道し、
「彼は大義に背き、最も残忍な暴政を敷き、
鉄の統制共産主義へと国を導いている」と激しく非難した。
そしてケネディ政権下の1961年、米国とキューバは国交を断絶。
その翌年には、現在まで続く対キューバ経済封鎖を開始した。

 

ハバナからわずか150キロ先には、フロリダ半島のマイアミが位置している。
しかし、その間には目に見えない政治の壁が立ちはだかっている。

 

両国関係の改善が持つ意味:米国とキューバ、それぞれの事情

米・キューバ間の「冷戦」の歴史的経緯を振り返ったところで、
本題に入ろう。

 

今回の両国関係改善の兆しは降って湧いたような話として
報じられている印象を受けるが、ローマ法王やカナダ政府の
仲介を経たやりとりは以前から度々行なわれていたし、
2011年3月にはラウル・カストロ議長とカーター元大統領が
ハバナで会談するなど、両国関係改善への布陣は
着実に敷かれつつあった。

 

特に、前議長フィデル・カストロからその実弟である
ラウル・カストロに「ゆっくりと」権力委譲が進んだ
2006年以降、キューバは以前よりも積極的に政治犯を釈放するように
なったし、経済や通信の規制緩和にも前向きな姿勢を見せ始めた。
米国側も、前大統領のG・W・ブッシュが対キューバ強硬政策に
力を入れていたのに対して、2009年に就任したオバマ大統領は
同政策の見直しを訴え続けていた。
今回の成果は、彼のマニフェストの一つを前進させるものであったと
言えそうだ。

 

では、数年前から進みつつあった両国関係改善の流れの中で、
今回の進展はどのような意味を持つのだろうか。
それを読み解く鍵は、このマターに関係するアクターそれぞれの
事情や思惑にありそうだ。
ここでは、米国とキューバそれぞれの事情について、
ざっくりと触れていきたいと思う。
関係の深い諸外国やローマ法王については、
機会があれば改めて解説したい。

 

米国:ビジネスチャンスと「圧力」の緩和

 

米国にとって、キューバは「裏庭の厄介者」であるのと
同時に、ビジネスチャンスが眠る魅力的な土地でもある。
すでにキューバと比較的良好な関係を築く欧州やカナダは
キューバ国内に多くの資本を持っており、米国企業は出遅れている。
キューバとの関係が改善されれば、米国経済にとって
大きな恩恵となることは確実である。

 

米国の経済界はこの一件を好意的に受けとめており、これからの
進展に期待を寄せている。
これは、オバマ大統領にとってありがたい追い風だ。
2016年に大統領選を控えたいま、オバマ大統領と敵対する勢力には
さっそく否定的な声明を出した政治家もいる。
ブッシュ前大統領の弟で、亡命キューバ人が多く暮らす
フロリダ州の元知事であるジェブ・ブッシュ氏は、
「米国の信頼を損ね、自由で民主的なキューバを求める動きを弱らせる」
と苦言を呈した。

 

フロリダに住む亡命キューバ人は革命から逃れてきた富裕層が多く、
米国側も対キューバ政策の根拠として彼らとの関係を強化してきたため、
結果的に非常に強い政治的圧力を持つこととなった。
2003年にブッシュ前大統領が地滑り当選を果たすことができたのも、
当時フロリダ州知事だった弟と、その支持層である亡命キューバ人の
強力な後押しがあったためである、とまことしやかに噂されている。

 

しかし時は流れ、フロリダの住民バランスにも変化が現れた。
最近はプエルトリコからの移民が増えたため、亡命キューバ人たちは
以前程の政治的圧力を持たなくなった。
この事実は、両国関係改善の交渉が進展したことに、少なからず
影響していると見られる。

 

キューバ:ラウル政権の改革路線と同志の凋落

 

キューバ革命から現在に至るまで、カリスマ的な指導者として
キューバ国内のみならず世界的に認識されているフィデル・カストロが
病に倒れたのは、2006年の夏だった。
それ以降、実弟のラウル・カストロに「ゆっくりと」権力を委譲し、
2008年には正式にラウルが議長の座に就いた。

 

ラウル政権は慎重な姿勢を見せつつも、フィデル政権下では到底
達成されなかったであろう数々の改革を行なってきた。
市場経済の一部導入もラウル政権下で行なわれたが、
国外からの投資や新技術の導入が不十分であったことや、
既存の経済政策とのコンフリクトによる混乱もあり、
想定通りの効果が得られているとは言い難い状況である。
また、国民のうちでも外国に家族や知人がいる人はドルを送金して
もらえるため、そうではない国民との間で格差が拡大していることも、
社会主義を掲げる国家としては無視できない問題だ。

 

それでも、これまでは反米の同志たるベネズエラと連帯して
経済的・技術的に支え合っていたが、最近は同国の経済事情が
悪化したため、キューバにとっても大きな痛手となっていた。
米国との関係が改善し半世紀におよぶ経済制裁が解除されれば、
行き詰まったキューバ経済に大きな突破口が開くことが期待される。
今回の進展には、そのような実利的な事情が見え隠れしている。

 

おわりに

16日、オバマ大統領とラウル・カストロ議長は1時間近く電話で会談した。
今回の国交正常化交渉にあたり、両国が合意したのは以下の3点である。

 

(1) 渡航制限の緩和
(2) 送金上限額の引き上げ
(3) 輸出入の緩和

 

2016年に米国の大統領選が控えていることを考えると、
交渉は15年中になんらかの形で成立する可能性が高い。
両国関係の進展に、今後も注目していきたい。

 

リファレンス

秘密裏交渉、1年半 ローマ法王が仲介 米・キューバ、国交交渉表明 – 朝日新聞デジタル
 ・米とキューバ、接近どうみる 識者3人に聞く  – 朝日新聞デジタル
 ・亡命キューバ人、反発と期待 国交正常化、マイアミ住民は  – 朝日新聞デジタル
・山岡加奈子編「ラウル新政権下のキューバ:第7章 移行期のキューバにおける
 政治体制と動員(小池康弘)」『調査研究報告書』アジア経済研究所、2010年。

 

(ライター:カクノ アイキャッチ:TOONPOOL

Pocket