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言の葉グルメ【池袋西口編】―多彩な顔をもつ池袋にある言葉を味わう!

19/12/2014

 

「池袋」。とくに「池袋西口」と聞いたら、どんなイメージを抱くでしょうか。

そこは東京芸術劇場を構えた文化・芸術の発信地であり、立教大学の学生たちでにぎわう街でもあります。西口公園などは、石田衣良原作『池袋ウエストゲートパーク』のドラマ撮影地としてもあまりに有名です。他方の西一番街やロマンス通りには居酒屋などが集まる歓楽街があったり、しかしそこから少し外れに来ると閑静な住宅街が現れたり…。

 

かくも多彩な顔をもつ池袋。

そこには、どんな言葉たちがあるのでしょうか。

以前「言葉を拾い、味わう。すると日常はこんなにも発見にあふれている!」と題して早稲田界隈を散歩して見つけた言葉たちを紹介しました。

言葉を見つけて味わう散歩、実はこれ、いろんな意外な発見があって面白いのです。

今回は12月の池袋西口に、言葉の散歩に出かけましょう!

 

 

柔らかさだけではない、ひらがなの効果

 

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池袋西口、駅前ロータリーからもすぐに目に入るのが、この東京芸術劇場です。2012年9月にリニューアルオープンした館内には、コンサートホールの他にもショップやレストランが入っています。

そこにこんなお店を見つけました。

 

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音楽雑貨「でぶねこ」(1F)。

楽器を吹いている「でぶねこ」の描かれた雑貨が数多く揃っており、店内には「第九」など有名クラシック楽曲を猫が微妙に外れた音程でにゃーにゃー歌うという激ユルな音楽が流れています。

気になるのはやはりこの店名「でぶねこ」。店員さんに尋ねたところ、特に意味はなく「そこにでぶねこがいたから」とのこと。気軽につけられたわりには一生忘れそうにないほど鮮烈な印象のある名前です。

平仮名表記は、その字形の丸みや簡易さからでしょう、漢字や片仮名の表記よりも柔らかい印象を与えます。「デブ猫」よりも「でぶねこ」と書いた方が、どこか憎めない愛らしさがあるのではないでしょうか。その柔らかさは、店内のユルい空間ともマッチしています。

 

 

平仮名のことを考えていると、今度は劇場近くの建物にこんな店名を見かけました。

 

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「わいんや」。

・・・この表記に、どんな印象を抱くでしょうか。筆者は大人な雰囲気というか、エロチックな印象を抱きました(あくまで表記の話)。「わい」とか「いん」とかにちょっとアブナイ響きが…。そういう気がするのはなぜでしょう。

 

たとえばこれを「ワイン屋」と表記すれば、それは「ワイン」という名詞に「屋」が接尾辞として付いており、それぞれの文字は明確な役割を持っています。ところが全て平仮名表記にされると、文字たちはそれぞれの役割を解かれて、一見フラットな存在になります。「ワイン」と「屋」の間の境目は溶かされてしまい、さらに「ワ」と「イ」などの結びつきも弱められてしまうのです。平仮名の羅列をどう読み取るか、それは読み手に託されます。

だから「わいんや」は「ワイン屋」と表記するよりも自然に「わい」とか「いん」という切り取りが可能になります。フォントのテーマや色なども相俟って、ちょっと大人でエロチックな字になっているのではないでしょうか。(※)

 

平仮名表記は言葉をフラットにする――もしかすると「デブ猫」よりも「でぶねこ」の方が柔らかく見えるのは、フラット化した四文字のなかで「デブ」というネガティブに使われがちな言葉が目立たなくなるからなのかもしれません。

 

 

(※ちなみに「わいんや」表記には「でぶねこ」同様に可愛らしいという意見もありました。やはり平仮名の羅列をどう読み取るかは読み手によるということですね…エロく見えたのは筆者の問題でした……)

 

 

 

誤植はどこまでも愛らしくて

 

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さて、西口公園の近くの中華レストラン前に、こんな看板が立っています。「ランチメーニユ」。

黒いペンで書いた後に赤で重ねているのだから、単なるうっかりミスではないでしょう。「メーニユ」は確信的に書かれたようです。

これが中華レストランの看板だから、おそらく店主は中国出身の方で、「メニュー」を「メーニユ」として認識されているのでしょう。

上から目線になってしまいますが、このミスを見るとなんだか微笑ましくなります。

 

「メーニユ」を見ていてそんな気分になるのは、それが誤植だけれど意味が通じるからでしょう。看板に実際にメニューが羅列されていて、かつ中華レストランゆえに書き手が日本人ではないと予測可能であるから、「メーニユ」が誤植であっても意味が通じます。当然のことではありますが、言葉の意味は、言葉が置かれている「状況」によって解釈が補完されることがあるということですね。

そしてそれが誤植だと確信を持ったとき、僕たちはどういうわけか、書き手に対して寛容になります。「メニュー」と普通に正しく書かれているよりも「メーニユ」と間違っていた方が、「ああ、書き手の人は頑張って日本語勉強しているのだろう」と頑張っている姿のイメージを喚起させられます。誤植に書き手の方の”素”の部分を見た気になるからかもしれません。どこか愛らしくなるのです。

 

 

看板の言葉は冷ややか

 

駅前から離れて立教大学近づくと、西池袋公園があります。

住宅や飲食店に囲まれた静かな公園。その中央スペース部分にはこんな光景がありました。

 

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驚いたのは、中央スペースにあるほとんど全ての木に看板が立てかけられていたことです。

花火をしないよう呼びかけたり、私物をおかないよう注意喚起したりする看板があるなかで、写真右の看板にはこうあります。

「立教大学生へ 近隣の迷惑になるので、公園内で騒がないこと」

 

学生に限定して注意する看板です。公園のような「公共」スペースは誰にでも開かれた場所であり、そこに置かれる看板も通常利用者すべてに対するメッセージであるはずです。それを一部のひとに限定的に向けるということは、いささか攻撃的でさえあり、看板の設置者の「怒り」のような感情を思わせます。このようなネガティブな言葉たちがたくさん置いてある公園は、殺伐とした風景でもありました。

 

 

看板といえば、池袋2丁目にはこんな看板がありました。

 

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「客引きは犯罪 防犯カメラが見守る街・池袋」。

あまり治安が良くないのでしょうか、「防犯カメラが見守る街」という言葉が犯罪抑止のように使われています。犯罪抑止自体は客引きする人などに対する限定的なメッセージです。他方、客引きなどをしていない人からすれば、「防犯カメラに見守られている」という状況は安心のみをもたらすわけではありません。防犯カメラに記録され、誰に何をどこまで見られているのか分からなくて、心穏やかではないです。

 

 

看板とは、ある場所に言葉を置いておくためのものです。看板の言葉は、その場所にどんな人が集まりやすいかということを反映して、特定の人に向けたメッセージになりやすいのでしょう。しかし言葉にネガティブな意味があったり不穏な響きがあったりすると、風景そのものが殺伐としてしまいます。

一般にこのように看板には注意喚起のものが多く、そこで言葉は冷たくなりがちです。だけど、たまたま通りかかった人が冷たい言葉を見れば、そこがあまり良い場所とは思えなくなってしまうかもしれません。

 

公衆トイレでたまに見かけるものに、「いつもキレイに使っていただいてありがとうございます」という言葉があります。あれを見て嫌な気分になる人は少ないはずです。看板も同様、ポジティブな言葉を置くようにすれば、もう少し公園や街の風景も変わるのでは、という気がします。

 

 

おわりに

 

池袋は様々な雰囲気と言葉があふれる街でした。本記事が取り扱ったのはそのほんの一部です。決して池袋すべてを説明するものではありませんし、きっともっと魅力的な言葉がたくさんあるでしょう。

 

ある場所で見つけた言葉を考えることは、その場所がどんな場所なのかを感じたり考えたりすることでもありますし、普遍的に言葉のことを考えることにだってなります。

 

寒い日が続きますが、たまに外に出てゆったり物思いに耽ってみるのも良いかもしれません。

 

 

今回のおしながき

 

  • 「でぶねこ」
  • 「わいんや」
  • 「ランチメーニユ」
  • 看板の言葉

 

 

(ライター:マチドリ)

アイキャッチ画像:東京芸術劇場。池袋西口公園から撮影

 

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