日本の保守思想

いま「保守本流」を読む―西部邁「日本の保守思想」をたたき台として

29/09/2014

 

いま、憲法改正や歴史認識など、「保守思想」に関係する問題が注目を集めている。

 

これらの問題は決してあたらしいものではないが、自他ともに認める「保守系政治家」である安倍晋三が総理の座に就いてからは、特に顕著になったと言えるだろう。また、在特会をはじめとする「行動する保守」によるヘイトスピーチ、およびこれを阻止しようとする「カウンター団体」に関する話題をTwitterをはじめとしたSNS上で見かけない日はない。

 

では、この「保守」とはいったいどのような思想なのだろうか。

これほど思想的「左右」の対立が紛糾するなか、保守主義の本質的な理解は重要だろう。ただし、この疑問に答えるのは容易ではない。なぜなら、「新保守主義」「行動する保守」というように、保守論壇そのものが多様になってきているからだ。

 

しかし、あたらしい思想や運動が「保守」を語るのであれば、これらはもちろん日本の伝統的保守思想の系譜として位置づけることができるはずだ。

 

本記事では、西欧の保守思想を輸入する形で戦後の保守論壇を牽引した西部邁の著作『日本の保守思想』をたたき台として、「民主主義」「天皇」「憲法」「伝統」などをキーワードにしながら、保守主義の簡潔な理解を試みたい。

 

 

戦後日本の「近代合理主義」

 

西部邁の思想の出発点は、戦後日本の近代合理主義に対する批判である。

 

日本は敗戦後、米国に追いつけ追い越せとばかりに「平和と民主」、そして「進歩」を至上価値に掲げて急速に発展し、先進国のひとつに数えられるまでになった。しかし、西部の目には、その狂騒的ともいえる戦後日本のめまぐるしい発展が、欲望に忠実な「適応としての生」の追求に明け暮れる空疎なものに見えた。

 

日本の技術の発展を支えた「合理主義」は、戦後日本が西欧から輸入した思想だ。しかし、日本はアメリカナイゼーションという形で外発的かつ急速な発展を遂げたために、西欧の表面的な技術や思想は模倣しえたが、「神は死んだ」というニーチェの言葉を皮切りに西欧が積み上げてきた「近代合理主義」への懐疑・反省の歴史を無視してしまった。更に悪いことには、「平和主義」を掲げ、過去の戦争から目を背け、戦前と戦後の伝統や文化を徹底的に断絶した。

 

この無反省に「進歩」を追い求め、アイデンティティを喪失した戦後の日本こそ、西部の最も憎むべき思想的「敵」なのである。

 

 

死者の民主主義

 

西部は、日本の「民主主義も」口を極めて批判している。しかし、全体主義への回帰を意味するのではなく、むしろ「民主主義には、民主主義の名によって民主主義をすすんで放棄し、全権を独裁者に委ねるという選択をする可能性すらあるのだ」(p80)という問題意識からきている。

 

西部の民主主義への懐疑は、次の言葉に端的にあらわれている。

 

『主権とは「何ものによっても制限されることのない最高権力」のことであり、そんな凄い権力は、天皇という個人においてであれ、特権階級という少数者においてであれ、国民という多数者においてであれ、所有されてはいけないものだ』(p60)

 

西部からすれば、国民主権とは、容易に衆愚政治に陥る概念なのだ。戦後日本において「民主主義」を批判することは「ファシズム」と捉えられがちだが、普通選挙のように「権利」や「平等」に重きを置いて、手続き的な「正統性」さえあればその結果を正しいものと考える態度を、西部は「日和見的」だと切って捨てる。

その意味で、西部は「寡頭支配と民衆支配のあいだ」を橋渡しする「指導者民本主義」こそ成熟したデモクラシーであり、「日本にあってとことん蹉跌(さてつ)したもののひとつ」と考える。

 

では、最高権力たる主権は誰に帰属するべきなのか。主権とは誰にも所有できないのだから、実体のない抽象的な存在に帰属させるしかない。

 

その抽象的な存在こそ、保守主義にとって最も重要なタームである「伝統」だ。

 

伝統に主権を持たせること、それはつまり、いままでの日本を形作ってきた「日本人」すべてに主権を与える「死者の民主主義」である。そしてこれに対立するのが、個々人の欲望を充足することを至上命題とし、「歴史」を足蹴にする「生者の民主主義」なのだ。

 

『国民とは、実は、歴史上の総国民のことであったのだ。したがって「国民の意志」なるものはそれら総国民の残した「歴史の知恵」のことである』(p68)

 

民主主義の議論からは、西部の天皇観もうかがえる。

 

『このような存在をさして国民というなら国民主権を謳って一向に構わないし、またこの存在を象徴するものをさして天皇というのなら、天皇主権を憲法に謳ってもよいわけだ。それゆえ、わが憲法の第一条における「天皇の地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という文章は、正しくは次のように読まれるべきなのだ。つまり「天皇の地位は、主権の損する日本的伝統精神に基く」というふうにである』(p68)

 

西部の天皇観に「おや」と思った人もいるかもしれない。彼のそれは、天皇を絶対君主に据えようとする思想とは大きく異なる。

 

『私達の精神のうちに脱俗もしくは超越を望む機関があり、その機関の存在意義を「象徴」するものとして天皇制がある、それが私の根本理解である』(p121)という一文には、天皇を統治機構ではなく日本国の象徴と捉える現行憲法との整合性すらある。

 

 

価値相対主義という欺瞞

 

日本における思想の左右は、「革新」と「保守」と言い換えて差し支えないだろう。

革新、またはリベラルな思想の重要なイデオロギーとして、「価値相対主義」が挙げられる。これも、西部にとっては許せない「欲望絶対主義」の要因のひとつだ。

 

西部は、「価値の絶対的基準」を措定し、「良く生きることに関心を持つのがまっとうな人間である」とした。そしてその対極にあるのが、「生きることそれ自体」に価値を与える戦後の「価値相対主義」である。

 

「ヒューマニズム」とは、西部にとってみれば「欲望の解放」の言い訳に他ならない。

 

『価値の絶対基準なんぞみつかりはしないのさと構えて、流行に沿った欲望や実行しやすい欲望にとりあえずとびつき、そしてそれに飽きれば、次の流行と次の衝動をひたすら待つ』(p13~p14)

 

このような野放図な生き方を西部は肯定しない。保守主義が「福祉国家」を批判するのも、「生きることそれ自体」を賛美しようとする安直なヒューマニズムに対する懐疑ゆえなのだ。

 

では、西部にとって、人間が依拠するべき価値の絶対的基準とはなにか。もうお分かりだろうが、それが「伝統」である。

 

西部の主張は、一見すると奇妙だ。価値相対主義こそ、不断に自己の価値判断を問い続ける再帰的かつ禁欲的な態度に思える。一方で、人間の価値判断を一足飛びに「伝統」に準拠しようとする保守主義は、なんとも短絡的ではないか。

 

だが、保守思想の核心部分とは、価値の絶対的基準を求める「態度」にこそあるのだと僕は考える。

 

 

自己への懐疑

 

ここまで西部の思想を概観してきたところ、「衆愚政治」に対する批判や「価値の絶対的基準」を措定する姿勢など、エリート主義的な匂いを感じた人もいるのではないだろうか。

 

しかし、西部は「自己」に対しても徹底的な懐疑の目を差し向ける。

 

『私の言うことを大衆蔑視と片づけてもらいたくない。半分本気で言うのだが、私が蔑視しているのは自分自身なのだ』(p203)

『自分を信じたくないというのではない。最も信じたいのは自分であるが、その自分こそ最も信じられないものだと私は思うのである』(p192)

 

自分すらも信じられない。だからこそ西部は、自分も含めた国民ではなく、伝統に主権を委ねようとする。

さて、ここにきて西部の保守思想が最もよくあらわれている一文を、少し長いが引用しよう。

 

『言葉・伝統・国家のうちに是非とも解体させなければならないもの、是非ともそれから自立しなければならないもの、があることを私は認める。しかし、その解体と自立の作業すらもが言論や習慣や規則にもとづいてなされることを考慮に入れると、言葉や伝統や国家のうちに解体させてはいけないもの、それに依存しなければならぬものがあるというしかないのではないか。もっと言うと、解体と保守そして自立と依存のあいだの微妙な平衡点を指し示してくれるのが真の言論であり真の習慣であり真の規則だということである』(p193)

 

西部はこうも言っている。

 

『伝統とは、相対化の果てに絶対を展望すると同時に、絶対をめざしつつも相対的であるを免れえない、という精神の往復運動に平衡を与える文体上の知恵のことであろう。それは求心的であるとともに遠心的であり、閉じられているとともに開かれている』(p221)

 

この絶妙な平衡感覚、二面性を引き受けて苦悩する態度こそ、左右の対立を超えた西部流保守主義の強さであり核心ではないだろうか。このような思想は、例えば「自国のナショナリティは他国のそれとの差異であり関係でもあるのだから、ナショナリティの発見はインターナショナリティの発見でもある」(p185)というような言葉として、随所に見受けられる。

 

西部は決して現実主義者ではない。むしろ、徹底的に「理想的人間」を追い求めたが故に、「理想」と「現実」のどちらかに安易に流れることをよしとせず、およそ不可能な双方の折衷に挑み続けることを選んだ。

恐らく西部が最も恐れていたのは、思想の左右に関わらず、イデオロギーにとらわれて「思考停止」に陥ることだったのではないだろうか。

 

 

おわりに

 

保守とリベラルが対立する現代の諸問題は、歴史認識に関わるものでさえ、是々非々で解決すべき単なる「事件」として扱われているように感じる。

 

確かに、わざわざ思想の源流まで遡って議論する必要はないかもしれない。また、冒頭でも述べたように、現代の保守論壇は、西部のような伝統的保守論壇とは微妙に様相が異なる。

 

しかし、いま西部邁の「保守本流」を理解することは、日に日に分極化・過激化していく左右の対立を超えた、ひとつ上の次元で議論する手がかりになるのではないかと僕は考えている。そして西部流の保守が現代の新保守とどのように異なるのか、是非思索してみて欲しい。

 

 

さて、最後に、本記事のたたき台として引用してきた『日本の保守思想』の意匠について付記しておこう。

 

本書は、福沢諭吉や吉本隆明といった戦後日本の論壇を彩った人物を取り上げ、彼らの思想を保守主義の視点からときに賛美し、ときに痛烈な批判を加えて検討するという内容だ。

 

特筆すべきは、西部邁の文章の読みやすさである。本書を読むとわかるのだが、西部は知識人然とした無駄に迂遠な表現は嫌いらしく、ズバッと明快に語る。それでいて不快に感じないのは、「私が蔑視しているのは自分自身なのだ」と語るように、どこかナイーブな人間臭さとユーモアが溢れているからだろう。

 

文章から感じ取れる人物像と思想が一致しているだけに、是非原文を読んで欲しいと思う。

 

 

余談だが、西部邁のWikipediaに掲載されている「好き嫌い」の表がおもしろい。本書を読んだあとに再度見てみると、なるほどな、と思えるから不思議だ。

 

 

リファレンス

 

西部邁 『日本の保守思想』(2012, ハルキ文庫)

 

 

(ライター:カガワ)

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